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2014年01月11日の記事のリスト

過去世が見えた話

2014年01月11日 (土) 03 : 41
過去世が見えた! という1月5日の記事から、続きはまた・・・と言いつつも、だいぶ日が経ってしまいまして、すみません。
今現在もう、石アクセサリ毎日制作モードに入っちゃっているため、どうしても更新頻度がとびとびになっちゃいますね~。丸一日以上パソコン立ち上げなかったりしますから。

映画のように見えた過去世の映像というのは、ヘミシンクの「Hemi-Syncによる過去世(別の人生)の探究」というものを聴いて映像化されて見えたものです。
一応、私自身が過去に経験した世界のこと、なのでしょうけれど、なんでしょうか~、まったくの別人とも思えないけれど、ものすごく今も自分のこととしてシンパシィを感じるかというと、「?」かもしれません。


・・・というか、たぶん多少は、この人生で進化というのか、成長している? からなのかもしれません。
なぜなら、私が見たその過去世の男性、私の今までの人生の途中までの過程にそっくりという面もあるし、共通項もやたらに多かったからです。
「繰り返してたんだ~」って感じですね~。
ただ、繰り返してはいるわけなんだけど、私は、彼の時とは違って、なんだろう、ちょっとだけ強くなれた部分もあるのかもしれないな、と。


2014年の自分のテーマは、「自立」ってなんとなく感じていたんですけれど、うん、よりそう思いましたね、過去世映像を見て。
自立って、何をいまさら、っぽいわけなんですが、なんとな~く、私が思い描いていた自立は「自己価値を、他者に委ねない、依存しない」という感覚だったわけなんですが、こういう過去世のひとつがあるならば、まぁ、まさに自分にとっての、その自立の大切さというのがあろうというもので。


彼は、1650年代のペルーの音楽家だったようです。
スペイン人の征服によりインカ帝国滅亡100年後のペルー、という感じですね。
当時からなんだろう、権威的な世界が苦手で^^そういうものから自由に音楽をやりたい、っていう希望があったようです。
支えてくれていた恋人だか奥さんらしき女性(たぶん現在のうちの家人のような?)が死亡後、唯一此の世で自分をいちばんよくわかってくれていた人の喪失感に堪えられず、最後、ひとりぼっちで首吊って死にました。色々なこと後悔して、生きる希望を失って、あと追い自殺というのでしょうか。そんな感じ。


年末に見た映画、「奇蹟の輝き」なんですが、アストラル世界の様相を知る、という意味ではお薦めなんだけど、あくまで映像面で、内容は「?」って感じ・・・ってお伝えしていたんですが、その映画の主人公の奥さんが、まさにまぁ、そんな感じで孤独に堪えられなくなって自殺しちゃう、で、地獄に行っちゃうって設定だったんですが~。
超違和感だったのは、だからかぁ、って部分もあったのかなぁ。


いや、でも、これは、地獄になんて行かないさ~、そんなものはないんだし~、また生まれ変われるわけだし~、だから、自殺してもいいんだよ~、って話じゃないですからね。というか、地獄に行くのが嫌だから、みたいな理由が歯止めになるような人は、そもそもその領域にからめとられることがないかもしれません。
結局、罪悪感のようなものだとか、マイナス思考、もろもろが、生きてるうちから徐々にアストラルレベルで地獄を形成していくというか、自分の行く先決めてるよな・・・という感じがしましたが、「死そのもの」は、どのような死に方であっても、厳かなひとつの卒業式であることに変わりはない、と私には見えました。


「なにも死ななくても・・・」な感じでものすごく繊細で傷つきやすくて、いっしょに生きてきた人を失ってから自分自身が生きる意味を見失って死を選ぶ、そういう彼から見たら、今の私は「未来の彼」なはずなんですが、出会ってしまえばきっと、その図太い変容っぷり^^に「あんたは未来の自分なんかじゃない。冗談やめてくれ」って否定されちゃうかもなんだけど、彼の死を見ている時も、可能ならばそばに行って、アドバイスじゃないけれど、あなたは別にひとりぼっちじゃないんだよ、それに仮にひとりぼっちだったとしても、それは人間の世界の中だけの話で、実際はすごいスピリットの愛に囲まれてるんだし、もっと安心していいんだよ、そのままでいいんだよ・・・って言ってあげたかった・・・そんな気持ちになりましたよね。
でね、スピリットたちって、ちゃんとわかってくれているから、仮に「誰もわかってくれない、わかりあえない」とか、そういう人間世界の孤独のドツボにはまっていたとしても、それが「すべて」じゃない・・・んですよね。この世でドツボの時はそれが自分のすべてに見えちゃうんですけどね・・・。


そうそう、2012クリスタルの、「未来の自分のエネルギーが私たちを助けに来ている」という感じ、上記のような感じですよ、一例として。
「未来の自分」は、多少は進化しているスピリット・・・なので、展開の先が読めるのも当然だけど、「どうしたらいいか」を少なくとも多少知ってるよね。
「どうしたらいいか」は、基本、高い意識を持つこと、思い出すこと、常にそこからなんですよね。
うん、やっぱり、過去世もこれ自分なんだ~って思うと、応援するしかない、慰めるしかない、やる気にさせるしかない、少なくともまぁ、こき下ろすことはしないですよね。でもその気持ちを理解してあげることはできても、「代わりにその場を生きてあげる」ことは、その時はできないんですよね~。
(2012クリスタルも水晶なので^^、代わりに生きてくれたり、自分でやらなきゃいけないことそのものに代わりに対処したりはしてくれません)
だから、のちに、生まれ変わって、代わりに「生き直し」じゃないけれど、過去のスピリットたちが当時に理解できなかったこと、やり直したかったこととか、そういうのを肩代わりしているのが俗に言う「カルマ」なんだな~、って。
そう思うと、カルマはほんと、愛のシステムですよね。決して、ネガティブな罰則ではない。


時には、人生においての叱咤激励の意味での試練との遭遇の時にも、魂の目的を思い出させるように仕向ける・・・っていうスピリットガイドの所為は、「愛そのもの」だと思う。
自分の過去世を見ている時は、その感覚がなんとなくわかりました。。。



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カテゴリ :  私の体験(石系 & スピ系)
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