アーカイブ
2011年10月07日の記事のリスト

世も末じゃ

2011年10月07日 (金) 20 : 21
「末の世と いつより人の いひ初めて 猶世の末にならぬなるらむ」
 ~大隈言道(江戸時代後期の歌人)~

“人はいつの世から「世も末だ」と言い始めたのだろうか。
随分、昔から言い続けながらも、いまだに世の末にはならないようだ。”


・・・・・というのが、今月、2011年10月の「東京都神社庁 命の言葉」なんですが、いよいよ、この領域でも「世も末問題」を取扱い始めたようですね^^。
まぁ、わりとこの毎月の「命の言葉」は、時事問題取り上げているケースは多いです。


これが今出てくるのは、ダブルミーニングですよね、なんとなく。


「いつの世でも、なにかと世も末な状況だし、いつだって終末論はあるわけだから、アセンション、っていうのも、おおかたソレだろうよ」という^^、そういうものに惑わされずに、粛々と生きていくがよろし。。。ってことね。。。というふうにも受け取れますし、神社庁さんがこの歌を選んだ意味目的とは別腹^^じゃありませんが、それこそ、「今が世も末であること」を、訪れた人の潜在意識に落とし込むための広い意味での天意、とも言えますし。


そうそう、マヤ暦の終わりは、2011年10月28日説というのがあります。
マヤのピラミッドの最終段階である第9番目のUniversalサイクル、「宇宙意識」のそのあとは、もうない、というやつで、「人類の意識進化の最終局面」と言われています。
このユニバーサル・サイクルの開始日は、2011年3月9日で、そのとたん発生した、東日本大震災、そして福島原発事故・・・などの様相が、この10月28日最終日説に、信憑性を与えたことにもなりますね。


ところで、では、10月28日ってあと三週間しか^^ないわけなんですが、三週間で意識進化はきっついだろう・・・^^・・・とも、普通は思わないでもないですが、でもまぁ、実際に「世も末」と言いたくなるようなニュースも、続々、提供され続けてはいますよね。
関東の、各、都道府県ごとの「土壌線量調査マップ」などが、順繰りに、文部科学省が公表していったりしています。
「蓋をあけてビックリ」みたいな線量分布地図を、今頃見せられても・・・・・な局部的ホットスポットになっている地域の方もいらっしゃるのでしょう。
東京は、葛飾区の水元公園あたりの線量が高い、というのは、以前から、週刊誌なんかが取り上げていましたけれど、やっぱりそうであったか・・・の、葛飾区、江戸川区の一部が少し高め、そしてこれも、はじっこのほうの奥多摩、八王子、青梅、あきる野市方面などが高いんですよね。
まぁ・・・・・・・・見事にあの、何とかタワーというテレビ塔の向こう側がやられているんだな・・・・・・・・って感じは、前から感じていましたけれどねぇ・・・。
(以前にも記事にしたけれど、東京の結界をぶち破ったテレビ塔。。。。。東京だけではなく、風水方面の見地からは、「かなりやばい立地であること」は、かねてより囁かれてはいたようですよね・・・。)


だからって、「世も末だ」と絶望している場合じゃないのです。。。
だって、これは、われわれ日本人に突き付けられた、意識進化の素材のひとつ・・・とも言えるのだと思いますので。


ぜんぜん違う話ですが、ヤクザな人々を取り締まる法律が強化されて、この前島田伸介さんって方がゲーノー人引退、ということになっていたみたいでしたけれど、その陣頭指揮を取る警察のトップの方の任期が10月末までらしく、ゲーノーカイの取り締まりに本腰・・・みたいなニュースを見つけたわけなんですが、私が思ったのは「ほほう・・・これも10月、ラストスパートかいな・・・その短期間で行けるんかな・・・でも宇宙意識への移行最終章だけにまぁ、こんな今までだったら・・・ありえない・・・という展開のように思われることが起こってきているわけだ・・・」と、感じました。


早い話が「見て見ぬふり」とか「業界のタブー」とか、なんでしょう、そんなあるようなないような「アトモスフェアの囲い」が崩されていってるわけですよね。
・・・できればまぁ、「え? あ?」と、みなさんが度胆を抜かれるような^^最終局面に持って行ってみて欲しいものです。
私も子供の頃ファンでした方の事務所とか・・・まぁ表向きはいわゆる普通の企業さんなんでしょうけれど・・・・。というか、彼自身も「目の奥の光はソレ系」ですしねぇ。切り抜けられるんでしょうか。。。
昨年、画像を見つけて、騒いでましたけれどね^^、いや、だからって嫌いじゃないですよ。でもまぁ、堅気じゃない人の目をしているな~、ってことにはすぐに気が付きました^^。言わなかったけどね。。。あのくるくる回ってる姿じたいは、見ていてこっちは幸福でしたからね^^。


でもそういう「一過性の楽しみを受け取る幸福」的なものからの、卒業・・・
きっとわれわれはそれを促されているのでしょうね。
誰かに幸福にしてもらう時代は、終わりなんですよ。
アップルのスティーブ・ジョブス氏の訃報などにも、そんな意味もあったのかもしれません。「スティーブだのみは、終わりだよ」という。
どこかから代わりのカリスマ救世主は、やってこないのです。
誰かひとりだけの突出したカリスマ的チカラに寄りかかること、たとえば今この国であれば、政治的な指導力実行力、魔法力^^をもったスーパー政治家^^が、この国を良くしてくれないだろうか・・・みたいな。
それを、頼みにできないのですね。。。
だれもが、自分で自分を、幸福にしていく、現実創造していくのです、きっと。


だから・・・事故さえ起きなければ、原発はあってもノー・プロブレム・・・そんな態度であってはならないわけですよね。。。
つまりまぁ、面倒くさいことは誰かがやってくれて、快適に生きていける感じのする「ことなかれ」や「それらしくふるまう」だけではもう生きていけなくなる・・・。
「自分の周囲だけの幸福」から、より広い範囲の幸福を、誰もが示唆していく必要性。


それが、マヤの「宇宙意識」への移行、その最終段階である今、われわれが選び取っていくべく意識なのであろうと思いますね。。。
きっと、「それができる」からこそ、今ここにいるわけです。




この記事のシェア&ツイートfacebookでシェアTweetする

カテゴリ :  私にとっての2012年
follow links FB pageGoogle+Go to top of page ページの上へ移動

ページの上へ移動
Go to top of page