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2010年05月20日の記事のリスト

幸運の女神になる

2010年05月20日 (木) 21 : 23
思えば昨年あたりから(途中頓挫している感もあるけれど)「みなさまには、女神となっていただいきたいのよ。」ってことで、日本女子女神化計画、ってな内容で^^女神となっていただくための石組みなんてものをお出ししていたことがあった。


自分のために自分の幸運の女神となるのではなく、人様を幸福にするための、女神。


この世でも、幸運の女神、という言葉がある。
しかし、それを自称する人は、あまりいない(と思う)。
なぜなら、とどのつまり、人様の先行きの人生に、結局のところは、女神と言えど、責任持てないから。なのかもしれない。


非常に古い話で恐縮なのだけど、
この「幸運の女神化」について考えていたら、思い出した話がある。
ああ、そうだった、その昔、幸運の女神を自称していた女子がいたっけ。
なにをかいわんや、であるが、お恥ずかしい話だけど、身内、姉であった。


17、8年前くらいになろうかと思うのだけど、昔々、読売巨人軍というプロ野球団のキャンプに、春、秋、と姉のつきあいで、はるばる宮崎やらグアムやらに遠出したことがある。
彼女はとある選手の大ファンで(今でもそうである)しかしながら、さすがにひとりでその旅を決行するには寂しかったのか、「飛行機代と宿代を出してあげるから、会社休んでつきあってくれないか」という、なかば強制労働^^のようなかたちで、アタシはそれに付き合わされていた。
自分には、追っかけしたい選手などいないのに、である。


その巨人の秋季キャンプの最中だった。
時のカントクさんは、あの長嶋さんだった。
泊っているホテルは、もちろん、巨人選手たちと同じホテルなのだが、選手や監督、コーチ、などの宿泊階と、一般客は、当然分けられていて、彼らは偶然エレベーターで乗り合わせるでもない限りは、自分たちのフロアで出くわすこともなかった。


いつものように、朝、「さて、練習を見に出かけましょう」と身支度を整え、ホテルの部屋を出て、エレベーターのボタンを押した。
上階から降りてきたエレベーターは、私たちの宿泊階で止まり、ドアが開くと、そこから、長嶋カントクが出てきたのである。
まさに、「出た~~~~」の感があった。


私たちは、その開いたエレベーターに乗らずに、この一般客の泊る階に、長嶋さんが何の用だろうか? と、その歩いていく先を追っていたら、あろうことか、彼は私たちの部屋のドアノブに手をかけ、こちらを向いて、凝視していた私たちに質問した。
「福本くんの部屋は、ここですか?」


はぁぁぁぁああ?????? である。
「あ、そこは、私たちが泊っている部屋なんですが・・・」
と言いかけた時、その隣の部屋のドアが開き、福本コーチが、「長嶋さん、どうも、どうも」という感じで、長嶋監督を部屋に招きいれた。
うううううん。テレビなどで特集されている長嶋さんの天然のアレらは、やはり、誇張でもジョークでもなかったのだ・・・と、自分が経験してみると実感する。


私と姉は、そうか~、福本コーチはそのキャンプでは臨時コーチだったから、一般客の宿泊階だったのね~、となりだったのね~、きっと廊下で長嶋さんの声がしたから、ドア開けたのね~、そうやって、長嶋さんは自分が行こうと思っている部屋のナンバーを知らなくても、向こうからドアがあくようになってるわけね~、周りの人は大変だわね~、などなど話をしていたのだが、でもなぜ長嶋さんが、この階にいらっしゃったのか? に思いをめぐらせ、「あっ、そうか、ドラフト会議だ! だから、長嶋さん、東京に戻るんだ。で、たぶん、臨時コーチにも挨拶に回ってるんだ」ということを、姉が悟ったようだった。


私たちは、監督とお話できるこんなチャンスは二度とないだろう、ということで、いったん部屋にサイン色紙を取りに戻り、また出てきて廊下でそのまま、福本コーチの部屋から出てくる長嶋監督を待った。
ほどなくして、「では行ってきます」と言いながら、長嶋監督が、福本コーチの部屋を出てきた。


そこで待っていた私たちに特段驚く様子もなく、長嶋監督にはさらさらと色紙にサイン、そして交互に写真、にご対応くださった。
きみたちはわざわざ東京から、こんなところまで来ているのか、と驚いていたけれど、その当時、そんな人間はそれほど珍しくもなかったと思うのに、長嶋さんは、何度も何度も同じコトをおっしゃっていた(なんでだろう?)。


姉は、「長嶋さん、ドラフト会議ですよね。絶対、いいくじ引けますよ。」なんて、調子のいいことを言っている。
エレベーターに乗り込む長嶋さんを、私たち二人は「行ってらっしゃい。」と、見送った。
自分たちも出かける予定で廊下にいたはずなのだが、なぜか、長嶋監督と同じエレベーターには乗らずに、そのお姿を見送ってから、私たちは出かけた。


遠い宮崎で、その日の夜だったと思うが、ドラフト会議のテレビ中継のニュースだったかを、私たちは見ていた。
長嶋さんがそのドラフトで引き当てた一番くじ。それが、松井秀樹だったのである。
私は、どうして、自分が松井選手の詰襟の制服姿を憶えているんだろう? という記憶の断片の理由を忘れていたのだけれど、ドラフト会議の翌日、長嶋監督は、早々になんと入団が決まった松井選手を、宮崎キャンプに連れて戻ってきたのである。
実は、ホテルのロビーで、偶然、松井選手を連れて帰ってきた長嶋監督にも、私たちふたりは、出くわしている。
だから、実物の松井選手を見て、「でっかいな~~~」と思ったことを憶えているわけだ。


姉は、ぽそっと、つぶやいた。
「だから、言ったでしょう。あたしたちは、幸運の女神だったんだって。」
彼女いわく、ドラフト会議に出かける前に、長嶋監督が意図せずに出会った人物、それが自分たちで、長嶋さんは自分たちの部屋のドアノブに手をかけていった。
あれがね、ツキを呼んだんだよ。私にはわかる。
そのあとに、松井選手を引き当てる長嶋監督が、しっかりイメージされた。
というのだ。


私は、とうとうこの人、気がふれたのか・・・・・と、その時思ったのと、「そんな図々しいことは、あたしの前ではいいけどさ、他人には言わないほうがいいよ。だいたい、話が凄すぎて、笑われるだけだってば。それにさ、仮に、もしそうだったとしてもね、当の長嶋監督は、みじんもそんな風には思っちゃいないって。長嶋さんが偶然出会う人の数なんて、あり得ないくらい他にもいるじゃん。アタマおかしいと思われるから、やめてね。」
というような、ニュアンスのことを、話した記憶がある。


彼女にそう言った自分の思いの根底には、だいたい、「相手が、それを信じるわけがないのに、自分が幸運の女神だ、といくら言ってみたところで、意味ないじゃん。」という、相手にとうてい認知されない功績のむなしさを、喜んでいる神経がわからなかった、というのもあったと思う。
つまり、「自分が幸運の女神だったから、あなたは幸運になれたのよ、感謝してちょうだい、認めて頂戴」がかなわぬ場合には、そんな「思い込み」「思い過ごし」など、立証のしようがない話ではないか、という、フラストレーションが溜まるだけではないか、というのがあったように思う。
ケツの穴の小さい人間である^^。


しかしながら、
思い起こすに・・・・・
こんなに時間が経ってみると、あの時、自分らが幸運の女神であったのかどうかはわからないけれど、結局、「幸運の女神になる」ということは、こういう一面があるのかもしれない、と感じる。


相手に、それとわかるばかりが、女神の所業ではないのだ。
相手にわからずとも、相手の幸運を祈り、好機を祈る。
相手にわからずとも、相手の幸運な姿を、喜べる。
そして・・・・・・・・・もちろん、そこに、リターン要求など(仮に別のかたちでも)存在しない。
他意、がない。
なぜなら、幸運の女神は、もう、存在そのものが、「幸運」なのだから。





追記:

これは少しも特殊な話ではなくって、実際のところ、誰もが誰かの幸運の女神にいつだってなりえるのがこの世の中なんだろうと思います。

誰が見ていなくても、人に接する態度が好感を持てる人、接する相手によって態度を変えない人、っていますよね。
逆説的な話ですが、そういう方は、本能的に、「いつ、だれが、自分にとっての、幸運への引導を渡す人となるか、わからない」ということを、知っているのだろうと思います。だから、人が見ていようと、いまいと、同じように、感じが良いのです。
もちろんこれは、本能的にわかっているからやっていること・・・という部分が強いと思われます。だから、とっさの時でも、変わらない。

この話の中だと、長嶋監督が、そういう方でした^^。
宮崎のホテルの一般客が泊る階の廊下で、周囲には、誰がいたわけでもありません。
私と姉と、長嶋さんだけ。
有名で、多忙な、雲の上のような存在の方であったことは、当時も今も変わりませんが、誰が見ているわけでもないのに、長嶋さんは、長嶋さんのままでした。
そして、一般人である私たちに対しても、言葉遣いは、なんと「敬語」でいらっしゃいました。
これからドラフト会議へ出かけるという時間に追われていておかしくない時に、誰も見て居ないんだから、本当は、サインだの写真だの言われても、急いでるから、と、無視されてもおかしくないのです。
そして、いわゆる有名人、という存在の中には、実は大勢の人に見られていないところでは、そういうドライな人だっていたりします。

おそらく、もし、姉が言っていたところの「幸運の女神」にもしなりえたのだとしたら、そういう長嶋監督のかもし出す、縁もゆかりもない人間をぞんざいに扱わない真摯さを伴う空気に、「ああ、この方が喜ぶ、最高の状態が待っているといいな」と、無意識に願ってしまうような、祈りが、そこに生まれていたのかもしれません。
それが、彼女が言っていた、「松井選手を引き当てる長嶋監督が、しっかりイメージされた」に繋がったんじゃないでしょうか。
偶然のプレゼントを、私たちが先にいただいていたから・・・姉は、そんな長嶋監督への感謝の思いで、「幸運の女神になりたかった」のかもしれないな、って思います。だから、ある意味、長嶋監督の願望が叶った、というよりは、「長嶋監督の願望が叶いますように、という、姉の願望が叶った」ということです^^。

これは、ふつうの日常の中にも、じゅうぶんに、起こりえる話なんだろうと思います。

どんな人にも、人が見ていようと見ていまいと、相手しだいで態度を変えないような方、真摯な、親切な、丁寧な方。
おそらく、そういう方は、名前も知らない縁もゆかりもない方からも、「好意」という、援護射撃をいただいて、それが積もっていきます。

幸運の女神には、誰もがなれるし、出会えるものなのです。


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カテゴリ :  ちょっとスピリチュアルな話
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