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同業種さんとの、利益相反と、コミュニケーション

2009年04月06日 (月) 03 : 06
なんのこっちゃ、って話なんですがね。
つまり、「同じ業を営んでいる人との、コミュニケーション」っていうのは、難しいもんだ、ってこと。


現在、なんというか、ものすごくそれを望んでいたわけではないのですが、流れ的に、「あ~・・・石アクセで、がんばって生きてかな。なんだなぁぁ」の状態に身を置かれてみて、自分には、同業種さんのお友だちというのが、皆無かもしれんなぁ、と気が付きまして。
この場合の同業種さんというのは、石アクセサリを作ったりして、販売する人のことです。
そんな仲間は、いないです^^。私は、そういうガッコに通ったりもしていないし。


これは、意識的に避けていたわけではないのですが、なんとなく、そうであることに、昨日、半年ぶりくらいに、ミクシィに入ってみて、わかったというか。半年放置するミクシィ、ってのもスゴイです^^。
マイミクと呼ばれるお友だちの数は、半分くらいに減ってるかな~? と想像していたのですが、殊勝にも、「放置プレイ」でいてくださる、まったくコミュニケーションなどしていないマイミクさんたちが、ほとんど残っていたのですが、それでも、ぽつっと、減っていることに気が付きましてね。


あれ? 誰だろう? と思ったら、
むか~し、昔、まだ私が天然石アクセサリなどを売ってみようかどうしようか、なんてことに右往左往していた頃に、すでに、天然石アクセサリの販売などに着手されていた方で、当時、いろいろアドバイスくださっていた方でした。


石の写真の重要性にチカラを注ぎ、それから、もちろん、石の品質へのこだわりもある方でしたし、それから、「あまりにも、安い価格」つまり、「そんな、原価販売のような、無理なことをしていたら、いつか、自分が続けられなくなって、潰れちゃうよ」っていうことを、心配して、進言してくれたり。


自分が、経験してみて、その彼女の言うとおりだったことが、だんだん分かってきて、「あ~、確かに、キツイな。これじゃ、新規に石調達どころか、売れても売れても、じり貧になっていくかも」ということが分かり、このままじゃいつか続けることそのものができなくなる、ということが分かって、さすがに、「ほぼ材料費のみいただく」というような、価格の付け方はやめようと、意を決して、少し、価格帯を上げる決意をし。
(そんなこんなでも、私が始めた当初から、ず~っと、折々、お引き合いいただいている、買ってくださっている方もたくさんいらっしゃって、なんというか、感謝しきりです。この場をお借りして、ホントウにありがとうございます。普通は、「あ~、もう安くないのね、詞音ちゃんのアクセって、安いから良かったのに」となると、人は離れますから。特売のチラシ商品でないと買わない、というタイプの方が世の中には多いし、そういう方は、たとえモノが気に入っていても、プロパー価格では損した気分になるので、絶対買わないものです。でも、「安いから買う」という方を満足させ続けるということは、どこかで提供側が骨身を削ることになっているのが、定石だということが、自分がモノを販売するということをやってみて分かったことでした。これは、ものすごく貴重な経験だと思います)


そういう昔アドバイスをいただいていた恩のある方が、ぽつん、といなくなっていた。
たぶん、想像するに、私はミクシィの日記と、このブログを連動させているので、毎月毎月、月末になると、うっとおしいくらいに、「新作アクセサリ、アップ」なんて、はしゃいでやっている姿が、うっとしおしくなってしまったんだろうな、と。


私は、友だちとかはせめて、自分に無理のない人にしときたい、と思うクチなのと、驚異的に、「誰かといっしょにいないと、寂しい」というような気持ちが少ないタイプのニンゲンなので^^、ミクシィに限らず、交友関係は狭いし、それを悪いとも思ってないです。
そして、友だちとなる人にも、無理に友だちのままでいてもらう、ってのは、好みません。
友だちの基準に、「相互理解」を求める人も多いようですが、(いわゆる、スピリチュアル系でいう、ソウルメイト的な)あんまり、理解してもらうこと、というのも、実際には求めていませんし。
「こいつおもしろいな」とか、その程度で、ほっといてくれるのが、理想的で、ものすご~く密に常に連絡しあったり近況報告し続けないと続かないような関係性であれば、かなり息苦しさを憶えるニンゲンかもです。
え? じゃあ、なんのための友だちなのさ? なんですが、そもそも、友だちに「なんのための」という「用途」があることじたい、変です。それって、結局は、「自分の都合」ですよね。
自分を利するヒトとだけ付き合いたい、というのも、人情の仕方なさかもしれないですが、私は、フィフティ・フィフティ、ってのも、どうかと思います。きっちり、「与えた、与えられた」を等分するのは無理ですし、「与えっぱなし」「与えられっぱなし」でいいんじゃないでしょうか、友だちって。
「来る者は多少選び、去る者追わず」が、信条、というほどではないですが、そんな感じになってます。


で、同業種コミュニケーション、横繋がり、っていうものに、なんとなく「嘘くささ」を嗅ぎとってしまう、そういうタイプでもあります。
昔、いわゆる、IT系のメールマガジンに、ほんの少しだけ寄稿したことが縁で、なんだろう?あれは、オフ会じゃなくて、そこが主催する勉強会のような催しに参加してみたことがあるのですが、その、「自分に有益となりそうな、あわよくばの繋がりと、情報を求める、どんぐりの背くらべの、ITジャンルの人々」の醸し出す空気、っていうんでしょうか^^。
なんか、居心地が、よくなかったでした。
結局は、仲間同士お手々繋いで・・・を装いながら、しっかり、「自分が、アタマひとつ上に出たい」の欲望が、どの人にもちらちらと見え隠れするのです。
利益相反する者同士が仲良くみんなで・・・というのは、ホントウに難しいのです。
私は、サイキックじゃありませんが、そういうのでしたら、分かります^^。


私は、いっぴき狼で、へんに、同業者さんとべたっとコミュニケーションせずにやってきて良かったな~・・・ と思います。
人と、比べない。人より上へ行こうとか、人より下だとか、イシキしていないくても、必ず同じ土俵で同じジャンルのことをやっている者同士というのは、その現実を直視する時が来ます。そういうことを「つるむ」ことで、ごまかさない。「肝心の、作るべき創造物」に支障をきたします。そして、それは、自分の責任です。


ただ、最近思うのは、これは今すぐどうこうではないのですが、
天然石に携わる人たちみんなに、ギフトを送る方法・・・ではないですが、なにか手だてはないかしら? と、何ヶ月か前から、考えていました。
「お仲間の嘘くささ」と矛盾するところもあるかもしれないけれど^^、そうじゃない、もっと大きいところでの視点で、俯瞰的に見れば、必要なことかもな、と。
それは、「石のアクセサリを作る人」がいるから、これだけ、天然石市場が拡大してきている現実というものがあり、私はその恩恵をいただいている。
が、そういうアーティストさんたちの作品の中でも、すべてが、売れているわけではなく、自作アクセサリを販売しているヒトは、むしろ、昔私が直面していたようなピンチ、「自分が金銭的に無理をして」続けたいけど続けられなくなっているような、そういう人も、多いんじゃないのかな? と思うからです。


私は、いっぴき狼ではありますが、ちゃんと、シバチョウ(市場調査)はします^^。
客観的に、これはいい!、まぁいいかな、ふつう、あんまり良くない、はっきり言ってよくない、など、自分なりに見分けていきますが、そうやって見ていくと、「これはいい!」の中で、「これって、この人、こんな価格で大丈夫なのかな~」と、昔、自分が心配してもらったように^^、モノがいいのにあまりに価格が安くて心配になるアーティストさんがいて、で、時間が経過すると、そういう方って、もう新規に更新しなくなっているケースが、とても多いのです。
同じソールドアウト商品だけが、いつまでも画面に残っている。
たぶん、作りたくても、財源が尽きてしまうのだろうと思います。
そして、新規に更新しなければ、人は離れていく。
なんか、もったいないな、センスいいのにな・・・ と、残念に思うのです。
こういう方は、主に、スピリチュアル的に石アクセサリを商材にしている向き、というよりは、「天然石が好きで、石アクセサリを作るのが好きで」という、趣味的領域でやっているようなヒトに、見受けられます。


石好きさんには、センスのいいアクセサリを作るヒトで、そういう無理をしちゃう、人のいいヒト、たまにいます。
(かと思えば、まったく相場観のない、べらぼうな価格で、あんまりかっこよくないブレスとか、平凡な誰にでも作れそうなブレスを、オリジナルだと思って売っているような、かんちがいなヒトもいますが。)
モノを売ることで、自分の利益を乗せる、という行為じたいに、たぶん罪悪感を憶えてしまうのではないでしょうか。
自分が好きなモノを買っていただく、というだけで、じゅうぶんに嬉しくて、その嬉しさを受け取ることで大満足なのに、金銭でのご褒美なんて、貰っていいんだろうか? 自分が好きな石を、利用していないか? と。


これは、私も、以前に自分がはまっていたパラドックスなので、そういう感覚は、よくわかります。


しかし、その心配も、してもしなくても、実際には、近いか遠いかは分かりませんが、貨幣経済が未来永劫このままである、という前提での取り越し苦労、なのかもしれないな、と、私は思うようになりました。
そもそも、たいていの方は、会社員やアルバイトなどで、「給料」としてお金を受け取ることには、罪悪感は憶えないわけです。
労働力の当然の対価、くらいに、思っていると思います。
でも、毎月お給料がいただける、というのは、たとえば、経理の方ならその経理の能力が長けているから、では、決してないのです。その所属するカイシャの商品なり、技術力なり、サービスに、付加価値を見出し、「上乗せ」部分を支払ってくれる、見えない人たちがいるから、分け前として、お給料がいただけるわけです。


つまり、その「付加価値」を常に自分で意識し、相当分を、自分で決めていく。
それが、自分が作ったものを、他人様に買っていただく、ということなんだな、と。
個人でそれをやるのは、カイシャなどの分業とは違い、責任からなにから、すべて自分で背負います。
しかし、その代わり、カイシャなどと違うところは、自分ではない上司のかますギブアップしそうなボケに付き合い、同僚のポカミスなどに悩むことがない、なぜなら、原因から結果まで、自分が創る・・・という点が、魅力でもあり、怖さでもあり。


ちなみに、自分は、現在の「貨幣経済」システムが崩れ去った際には、こういう石アクセの仕事ってどうよ? とも思うのですが^^、それは、現代の仕事の大半がそういうものです。私ひとりが心配しても、始まらないです。
なので、そうなれば、まずは、ゲンブツとの物々交換というか、たぶん、お米だとかの食料のために、アクセサリを等価交換してくれる方を探すでしょう。
貨幣経済システムが崩壊すれば、都会は住める場所ではなくなりますので、へたしたら、「間借りさしてもらう代わりに、アクセサリ作らせて」になるのかな~??? と、楽しく想像しています。


店子さんとして、場所を借り、石アクセサリと引替えに、お客様に持ってきて貰うのは、食料などのゲンブツ。
で、それを、大家さんにお家賃相当として、お渡しする。
なんて、牧歌的で、いい光景なんでしょう。
今現在の世の中は、お金を稼げるヒトが、有利な世の中ですが、お金というエネルギーが唯一無二のものでなくなれば、ニンゲン、手に職、です^^。
たぶん、そういう世界になれば、芸術系の人々は、日の目を見ます。
歌がうまいヒト、楽器がうまいヒト、芸があるヒト、ヒトを笑わせるのが得意なヒト、そういう人たちは、ひっぱりだこです。
そして、「評論家」さんは、職を失います。
ヒトを評価したりしている場合ではなく、「自分でなにかする必要」が、ホントウに出てくるからです。
そして、その「手に職」というのは、結局、なんだかんだ言って、いちばん、ヒトがやりたがらなかった暑い寒いの現場で、たくさん苦労して、黙々と汗水ながしてきた、そういう方々が、「最強」なのだろうと思います。
現状の日本の食品の世界、というのは、悲しいくらい「生産者無視」の現場ですから。


・・・と、最後には、話がズレまくりましたが、
まぁ、そんなわけで、「同業者間コミュニケーションは難しいね」でした。




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カテゴリ :  私の体験(石系 & スピ系)
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