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2009年03月07日の記事のリスト

失業が、運が良くなる、仕組み

2009年03月07日 (土) 20 : 20
先般の、「職が決まる石組み」の記事の反響がすごくて、なんか、ビックリ・・・というか、改めてですが、認識をあらたにしているところ。
ニュースなどマスコミで、「派遣切り」というキャッチフレーズを作っていただいているおかげ? で、派遣の契約満了による失業については、みなさんの知るところなのかもしれないんだけど、今や、「正社員であっても」あんまり関係ない事態は、進行中なんだな~、と。


加速していますね。
日々、なんというのだろう、一度ほころび始めたセーターがどんどんほつれてゆくみたいな、土台が揺らぐ建物が、臨界点で大地震が来て、一気に倒壊するような、そういう感じなのかな。
だから、こりゃ、誰にとっても「明日は我身」かもしれませんね。
現在まではだましだまし持ち堪えてはいるけれど、直感的に「この業界は、もうだめかもな・・・」的な業界であれば、来年はもう日が差さないかもですね。


ところで、その先般の記事の最後のほうに書いた、
「基本的に、今までの経験則では、自分から我慢できずに中途半端にシゴトを放り出し、会社などを辞めたりしている時は、その後ひっっじょうに苦労するケースが続くのですが、今回のように「不可抗力」で、自分からは、放り出す気持ちがなかったのに、そのシゴトを継続できない事態が発生して、やめざるを得ないケースの場合、自分にとっては、それが転機で「大いなる恵み」となっているパターンが多いです。」
・・・なんですが、今日ね、石アクセを作っていて、ぱっとその「理由」が、「あ、そうか~」と閃いたんだけど^^。


失業、と書いて、「業を失う」ですよね。
これは、カルマ(業)をいっきに清算している、恩寵なんですな^^。
但し自分から、「もういやだ、我慢できない!」と、自分の限界を自ら決めつけ、逃げ出した場合には、そりゃまぁ、苦労して当たり前というか、また「似たような苦労」(この場合、前より悪くなっちょる・・・)に遭遇してもしょうがないんですよね。
自分の都合で、自分のカルマは、帳消しにはできないということです。


しかし、不可抗力の失業の場合。
これは、少し荒療治に見えますけれど、間違いなく、「あなたのカルマ(業)は、ここではもう払う必要ないから、さ、好きなように行って、花を咲かしてこい」という、見えざる手の、指針なのだと思う。
(これは、「病気で、そのシゴトが続けられなくなった」というようなケースも、そうだと思います。
病気になる、ということは、カラダが「もうそれはしなくていいことなんだよ」って、正直に教えてくれていること。だから、その病気になって教えてくれている、自分のカラダへの感謝なのです。もっと、自分を活かせる道が他にあることを、魂が告げるために、カラダが病気となってくれている・・・病気になることって、「気づき」への近道ですから。そうなる前に気付くに越したことはないのですが、そこを越えてどうしても魂が気づきを得ようがなさそうな場合に、生まれるサインなのだと思います)


だから、これは、自分の場合に限っての話なのですが、いつも必ずこの手の失業の場合には、「前より良くなっている」ケースが多かったんだろう・・・ と気付いたのです。


でもこれには、ひっかけがあって、その荒療治が、大いなる恵みとは気付かずに、あらたなるカルマを積む人もいる。
週刊誌の記事で読んだんだけど、この大量失業で最初に話題になった業態で派遣やっていた方の話で。
「引継する正社員に、嘘の作業工程を、教えてきた」などと、いわゆる、「この恨みはらさでおくべきか」行為に及んでしまっていたりする人もいる。
近視眼的に見れば、確かに、職を失うことは、明日の生き死にに関わってくるオオゴトで、その精神的ストレスは、これは、失っていない人には、とうてい理解しようのない困難だ。
しかし、だからといって、「逆恨み」はならんのである。
これでは、せっかく、「大恩寵」で、業をいっきに払うことができたというのに、逆戻りだと思う。


なんで自分がこんな目に・・・ と、過去を憂うのではなく、
ひたすら、「すがすがしい気持ち」で、前を向いて、探し求めれば、必ず出会うべき「道」は用意されているというのに、ニンゲンは弱い生き物。なかなか、それが、できない。


で、自分の場合は、過去の記事にもあるけれど、
そういった時、本当に、たまたま手にしていた石、っていうのが、都度、ある。
ずぅっとあとになって、もう、何年もあとになって、「そうか、そうだったのか。だから、自分は、あの石を買わされていたんだ。」と、気が付いた。
石のことが分かるようになってから、自分が好きで手にしてきた石たちが、いかに、その時の自分が、プラスに動いていくためにはたらいてくれていたか・・・ 後から検証してみたら、「好きな石を手に入れる」という、何気ない行動の意味の凄さ、いわゆる、「なんとなく」の直感力による行為の凄さに、気が付いた。


通常なら、自分をクビにしたその現場に、恨みのひとつでも持ちそうなものなんだけど、そういう気持ちが湧いてこない。
全然、「自己卑下」にも、気持ちが走らない。なんだか、それよりも、本当に困っているはずなのに、ワクワクしていたり。
私は、昔、初めての「営業」を経験した時に、三ヶ月で結果が出せずクビになったんだけど^^、普通なら、それを「経験者」としては捉えられないはずなんだけど(だって、クビになってるんだから、はっきり言って、履歴書的には説明の付かないマイナスなのだ)「せっかく、憶えたのにな~。金融の仕組み。もっとやりたかったんだけどな。」ってなことで、そこよりももっと大きな会社が募集していた新規事業の不動産ファンドの営業職に応募して、なぜか、採用になった。(そして私がクビになった会社は、確かその三ヶ月後くらいに、警察が入り、会社をたたむことに。詐欺会社だったのである。なので、「結果を出せなくて」良かったのです。悪事の片棒を担ぐことにならずに、辞めさせてもらっていて、本当に良かった・・・ってこと)
この話は、過去記事のどっかにありますんで^^、探してみてください。
「営業職の石」とか、そんなんに、あったかな?


これは、諸説あるけれど、結局、最終的には自分の行動は自分が決定していくものなので、必ずしも、「この石があるから、絶対に大丈夫」ということではない。
どんな石を手に入れようと、自己保身ばかりを優先させるような、繁栄というものは、天意に沿わないものなので、で、石というのは、「天意に沿った生き方(生き物ではありませんが^^)、チカラの発揮のしかた」を好む傾向にあるため、石が指南する、サポート内容というのは、たとえ同じ石を持っても、人によって変わってくる面はある。
霊的に課題が、ひとりひとり違っているんだから、まぁ、当たり前かとは思う。


それにしても、
人生における、こういう「荒療治」を経験する人が、これだけの数に上ってきている現在というのは、間違いなく、やはりアセンションなのかどうかはわかりませんが、これからやってくるであろう、大きなパラダイム・シフト、岩戸びらきが、いよいよ迫ってきている・・・ということの証でもあるんじゃないかしら、と感じます。


現在失業者となっているみなさん!! そして、これから失業予定のみなさん(自分も♪)!!
ほんと、自分も含め^^の話ですが、あやしいスピリチュアル世界の話じゃありませんがね、
この、目の前に立ちふさがる、「お先真っ暗」感覚は、逆に、どちらかというと、「一足お先に♪」の恩寵かもしれませんよ!!
自分がこの世に生まれ出てきたのは、なんのためであったか・・・。
そして、なにをしていこうとしていたのか・・・。
スピ世界では、よく取り上げられる話題で、これを知りたがる人は多いです。
しかし、「知る」だけじゃ、ダメです。
自分が過去世で何してきたとか、この、今回の生でのブループリントをいくら知ったところで、それをやっていかなければ、そして、しっかり「やりたいことのために、努力、苦労」してこそ、「血となり、肉となる」のが、本筋でしょう。


この時間が加速する時代に、まっさらとなれたことに感謝し、次なる行動、指針を、どんどん自己決定決めていきましょう。
てなわけで、
「職が決まる石組み」=「その場をしのぐ」的な、後ろ向きなものではなく、大いなる自己への目覚め、とでもいうんですかね。
もちろん、一パターンではないと思います。
というか、なにも、私がいうその石組みが、職が決まるための石組み、と限定されるものではなく、なによりも、石を選ぶ御本人が、「なんとなくこれを見ていると、元気になる」とか、「よく分からないけれど、これが、すっごく綺麗に見えて、欲しいと思った」とか、そういう「他意のなさ」から望むものに、秘訣はあると思います。


通例では、うちのアクセサリは、常に月末発表です。
お急ぎの方も、いらっしゃるようで、心苦しいのですが^^、なるべくこまめに事前に情報発信できるようにしますので、また見に来てくださいね。







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カテゴリ :  ちょっとスピリチュアルな話
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