アーカイブ
2007年03月16日の記事のリスト

「捨てるものがないキャラクター」を演じるのはキツイかも

2007年03月16日 (金) 21 : 33
やっと一週間が終わり、ってかんじです。金曜日の夜♪
あたしは、せっせせっせと、いつものように、石アクセ作りに没頭中。
こんな生活サイクルとなってから、どのくらい経つのかしらん。でも、中だるみがないとは言いませんけれど、飽きないんですよね。不思議なもんです。

ところで、シゴトで地方を回っている時に休憩に入った喫茶店に、女性セブンだか女性自身だかの週刊誌が置いてあったので、久しぶりに、いわゆる「芸能情報」系に触れた(といっても、この手の雑誌なんでね~、たいした情報じゃありませんが)のですけど、「飯島愛、芸能界引退」みたいな記事がありまして、そうなのか~~~、わりと好きだったのにな・・・と思いながら、その詳細を読んでいて思ったのが、表題。

彼女は、そういう「捨てるものがないキャラクター」という役どころに、芸能界でのポジションを見出した。
自分から「アダルトビデオ女優だった過去」をさらけ出して、「歯に衣を着せぬ物言い」というキャラクターを務めることで、活路を見出していたのかもしれない。最初は。

だけど、彼女は、正直すぎた。
そして、かつては「自分のことを正直に語ること」「さらけ出すこと」の中に見出した、自身の贖罪、癒しの意味も、ある種の「反面教師としての負の存在意義」という役どころも、自分の中で違うものに変化していったのだろう。

今の世の中、有名になる、ということのために、四苦八苦する子たちも多い。
彼女に限らず、いわゆるエロ系からスターダムへ、みたいな感覚で、その手合いの世界に飛び込む子も多いんじゃないだろうか。なので、そういうコらにとっては、ある意味希望の星のような存在でもあったのかもしれない。
しかし、彼女が望んでいたのは逆に「そういうコたちに、大切なこと気づいて欲しい」ってことだったのだろうけど、なかなか世間というのは、自分の描いたとおりの反応など見せてはくれないのだ。

やっかみもあるだろう。
「何よ、自分はそれで有名になったくせに」という反応もあるだろうし、その辺のアンビバレンスを消化し、受け止めていく度胸、許容量が必要だ。
そのあたりで、パンクしてしまったのだろうな~、と思う。

自分で自分を許せない人は、多い。
なぜなら、どこまでいっても、「自分を捨てることはできない」から。
どんなに捨てるものがない生き方、モノ、コトに執着しない生き方をしようと、「自分」は捨てられないのだ。
これは、捨ててしまうわけにいかないのが、本当にやっかいだと思う。

飯島愛さんを、「元AV」という呪縛から、本当に救ってあげられるのは、結局、彼女自身。
ちなみに、過去のカラダの細胞など、何ヶ月か経てば、すっかり入れ替わっているのだ。
何年も経過すれば、自分はもうある意味「違う人間」のカラダ、肌、細胞を身にまとっているのである。

ココロだけが、なかなか入れ替わらない。
感情だけが、なかなか思うようにはいかない。

だけど、本当に。身にまとっている「今日のカラダ」には、もう過去の古傷の残像はないのだ。
誰か、飯島さんのお知り合いがいたら^^、そう言ってあげてください。
神様は、罪も人も憎まないですしね。


この記事のシェア&ツイートfacebookでシェアTweetする

カテゴリ :  私にとっての2012年
follow links FB pageGoogle+Go to top of page ページの上へ移動

ページの上へ移動
Go to top of page