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2007年03月04日の記事のリスト

石の寿命

2007年03月04日 (日) 20 : 18
もともと、「生きている」というわけではない(動いたり、喋ったり、心臓があるなどの、生命活動をしている、という意味で)と思われがちな石ですが、石フリークになってみると、彼らがまさに「生きている」感覚を持つ人は多いと思います。

で、「生きている」からには、「寿命」は地上に生きる我々すべてに課せられた宿命のようなもの。
カタチあるもので、無限のものはこの地上にはひとつもないのだ、ということを考えれば、石の「寿命」はあり得るものかもしれません。

私は、石は末永い友で、考えようによっては私自身よりもずっと「長生き」する存在だと思っていました。
それこそ、とてつもなく長い永遠の生命を持つかのごとく。

しかし、最近、人間や動物にも個体差というものがあるように、実は、石にもそれがあるらしい。。。ということが、なんとなく感覚的に分かってきました。
以前、コメントで、「死んだ石」というふうに、石のことを標記しているパワストサイトがある、という話を聞いたことがありますが、まぁ、その表現の仕方に少々優しさに欠けるきらいはありますが、「死」という言葉を使って現わさないまでも、近いニュアンスのことは有り得るものなのかもしれないな、と。

なぜにこういうふうに感じるようになったかというと、私自身はイシキしてはおりませんでしたが、いわゆる「厄落とし」のために、オニキス&カーネリアンは私の前に現われた様子で、現在、ここにもういないのです。
ビーズじたいは持っているので、そっくりそのまま同じデザインで代りの「第二号」を作ることは可能なんですけれど、なぜかそうしなくてもいいような気がしています。

いやはや、この一週間はけっこう大変でした。
じぶんよりも大切な存在、というか、かけがえのない飼い犬の病気が発覚し、急遽手術。
「代われるものなら代ってあげたい・・・」いや、まぢでそう思いましたよ。
犬バカと言われるかもしれませんが、なんとなく、この子は私の身代わりに病気になったように思うのです。

おかげさまで、手術は無事に終了、犬も順調に回復しています。

こういうことがあると、自分にとって、何が大切なことなのか? 
について、思い切り考えさせられますね。
私は、こんなダメ飼い主の不注意で病気のサインを見過ごして、うちの犬がそれが原因で突然死んでしまっていたら、完璧に自分をうらんでいただろうと思います。

日頃、いて当たり前の存在、あって当たり前の慣れ親しんだ空気は、永遠に続くものではないのだから、毎日毎日を感謝で時間を使わせてもらう・・・ その気持ちを忘れていたように思います。
生命は永遠ではないこと、立て替え建て直しのこと、2012年のこと・・・
文章などでいくらそれらを見聞きしていて、わかったような気になって自分の考えとして語っていたとしても、やはり「有限の命」である、という認識は、自分自身がそこに直面しなければ、なかなか実感として、自分のこととして本心から思えないものなのかもしれませんね。
言葉でなら、綺麗目なことはいくらでも言えますから。

今、私の腕には、かねてより早く身につけたいな~と思っていた、「ジェット&ショール」のブレスがいます。

このコンビについて、今のところ感じるのは、「余裕を持てる」感覚です。
つまり、これが静けさ、静寂なのでしょうか。

自分はいったい、時間がない、時間がない、と、何を焦っていたのだろうか?
どこにも進んでいない。ただただもがいていただけ。

彼らが連れて行ってくれる深淵の時間は、もちろん無限ではないことを知りつつも、今は彼らが用意してくれる「時間感覚」が、私にとってとても安らぐものになっていることは確かです。




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カテゴリ :  石のホント or はてな?
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