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「営業職」のための石

2006年05月30日 (火) 02 : 32
よくパワーストーンショップなどで、「仕事運アップ」の石として紹介されている石などがあります。
代表格では、タイガーアイやルチルクォーツ、ガーネット、シトリン、ブルーレースアゲート、クリソコラ、ラピスラズリ、サファイア、翡翠、アマゾナイト、カーネリアン、パイライトあたりが挙げられるのでしょうか。あ、あと、水晶もね。

でも「仕事運」って、一言で括るのって、実はものすごく短絡的というか、カンタン過ぎるんですよね。
だって、だいたい、「何が仕事か?」で、必要な能力や運というものは変わるのです。

で、「営業職」というものも、一言で「営業」と言いつつも、実はその中身によって、発揮しなくてはならない能力や運は、やはり、場面場面、立場立場で違うのです。

たとえば、ほんとぉぉに純粋な「新規開拓」なのか。
それとも、前任者引継ぎの、お得意先のルート営業なのか。
広告反響待ち受けの、販売営業なのか。
広告媒体なしの電話営業、飛び込み営業なのか。
属している組織の知名度や信用度の有無。
売ろうとしている商品やサービスの有益度、知名度、競合商品やサービスの有無や、数や種類。

さまざまな条件が複雑に絡み合う中で、営業マンという存在は、組織の矢面に立たされ、「さぁ、売ってこい!」と、放り出される存在。
直接、その売ろうとしているものを、「うん、買うよ。」と、相手に言わせ、お金を出してもらわなければならないことを、どんな条件下であっても使命としている、という点だけが、すべての「営業職」の共通項と言えます。
「お客様に“YES”と言わせること」これだけです。

マニュアルやルールやパターンというのは、どんな業態にも存在しますが、営業という仕事ほど、「こうすればうまくいく」の胸算用が成り立たない仕事もありません。
一度覚えた同じコトをこなせば済む類の仕事ではない、それだけに、本当に「運」をこれほど必要とする仕事もないんじゃないでしょうか。

なので、「営業職」のための石、というタイトルではありますが、結局は、
つまり、自分にはいったい何が必要か?
を知ることから始めるのが肝腎要だと思います。

変な話、自分の持っているすべての経験、どんなつまらない知識であっても、ひょんなところでそれが役に立ったりする、不思議な仕事です。
と、同時に、自分に足りていないもの、自分の人生において勉強不足なこと、また、苦手意識のあることに、なぜかしら何度も何度も直面せざるを得ない仕事でもあります。
だからこそ営業って、誰にでもできるけれど、誰にでもできない仕事の典型なのかなと思います。

なので、もちろん、タイガーアイやホークアイなどの、現実的な社会の中でのふるまいのノウハウを直観的に促してくれる類の石は、とても役に立ってくれるのは間違いのないことですが、あとは、いったい「自分はナニモノで、何を、どこを目指しているのか?」を掴むことで、必要な石も見えてくると思います。

たとえば、私が鼻息荒く先般ご紹介した「具体的な願望実現のストーンレシピ」の、まっくろ系などは、これはいわゆる防御の石のオンパレードなわけですので、本来の「接客」という営業的な役割を考えた場合には、実は「あり得ない」パターンではあると思うのです。どちらかというと、印象としては「人を遠ざける石」としての印象が強い石たちですから。
普通、人に接する仕事のためには、まず選ばない石だと思います。

ただ、私の今の仕事の場合は「幅広く人に好かれること」を目的としているのではないため、というか、なるべく幅広く“見込み”を囲う努力を必要としていない営業のため、とにかく「毎日、ピンポイントでなるべく目的を果たしたい」がテーマとなったため、ああいうレシピとなったわけです。
(驚くことに、実は通常の仕事量の半分で、ノルマの数字を上げることが出来ています。それがまた単純に、「たまたまここに足が向く」という「勘とタイミング」の的中率が、ものすごくアップしました。ビックリです。)

「営業職」のための石、として、たぶん誰もが勘違いするであろう「人に好かれる、愛される」系の石をチョイスする傾向もあるかもしれませんが、悲しいかな、「買ってくれる人だけがお客様」それが営業です。
時々、このあたりを感情的に混同してしまうということも、とてもありがちなのですが、万人に気に入られても意味がないことを知る仕事ですね。
「いいお客様なんだけど、買えない、買わない、YESと言ってくれない」そういう人間に山ほど出会い、傷つくこともある。お客というのは、移り気で非情で、いとも簡単に営業マンを裏切りますし、平気で嘘をつく生き物です。(それは、自分が逆の立場に立った時を考えれば、察しがつくこと。でもヒトは、なかなか、イザ自分のこととなると、分からなくなるものです)
いくらモテモテになっても、相手に好かれても、最終的に“対自分に”お金を相手が出してくれない限りは、悲しいかな、「ただの感じのいいヒト」止まりなのです。
YESと言ってくれない相手に執着しているあいだに、本命を逃してしまったり、ツキに見放されてみたり。

そういった、あらゆる感情の経験、自分はこういう時にこういう風に思うのか、という傾向を知り、そこから「ストーンレシピ」を割り出していくというのが、いちばん的確な方法かもしれませんね。

まぁそれでも、「営業職」の基本石としてはお薦めかな、と私が思うのは、
タイガーアイ。
シトリン。
ルチルクォーツ。
ガーネット。
・・・あたりでしょうか。
黄色系の、第3チャクラ石がやっぱり良いと思います。そういう意味では、「アラゴナイト」「イエロージェード」「イエローオパール」なんかも良いと思います。
結局、なんといっても「バランス」をいちばん必要とする立場、自分が属している組織のモノやサービスを提供する側とそれを買ってもらうお客様との「中間」にいる仕事、両者を取り持つ仕事ですので。

でも、その「自分のバランス」を保つのに必要なものは、人それぞれです。
たとえば、ピンチ脱出の裏技として「スギライト」や、ゴーインマイウェイな自分をキープするための「アメジスト」や「アクアマリン」、実力を発揮するためにリラックスするための「ペリドット」「プレナイト」、弱気になってる自分にハッパをかけたい時のために「ロードクロサイト」「レピドライト」、なんとな~く自信なくなってるなぁって時には「ラブラドライト」「エンジェライト」、トラブルを未然に防ぐ「レッドタイガーアイ」「アゲート各種」「レッドジャスパー」、優柔不断でふらふらして人の意見に動揺して自分の意志がぐらぐらしてしまうなんて場合には「アマゾナイト」「アパタイト」・・・・・などなどなど。
職場にどうしても苦手な人が・・・って場合には、「ブルーレース」「セラフィナイト」がよろしいかと思います。
「翡翠」も強力なツキを呼ぶお守り石です。
「モルダバイト」は、一見逆境と見える事柄でも、「災い転じて福となす」を魂に直感的に理解させる石ですので、精神的に強くなります。

一見、コミュニケーション、表現力のための第5チャクラの水色系石あたりが、営業には必要なのでは?と思われそうですが、営業って、別に「自分のアピール」なんてものは必須ではありません。
それよりも、「瞬時に相手を見極める」「相手の言うことが言わなくても分かる」くらいの、「先回り先読み能力」がモノを言う仕事です。
もちろん、話が上手い、説明が上手い、説得力がある、人柄が好ましい、信用できそう、頭が良さそう、というのも大切ですけれどね。
だけどそれは、相手が勝手に感じ取る類のものであって、こちらから“押し付ければ”相手にはただのうるさいセールスマンにしかならんのです。
だいたい、“「営業マンに説得されたい」と思っているお客様”なんて、どこを探したって、いませんからねー。ヒトはヒトに“説得”されることを嫌います。それが許されるのは、相手から「私を説得して欲しい」と頼んできた時だけですね。(その空気を見逃さないことを、“営業力”と言うのかもしれませんね。)
あんまり、説得力だの、押しだの、情熱だの、そんなもんは「ないフリ」できるくらいのほうが、実はよろしいのです。




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具体的な願望実現のストーンレシピ

2006年05月28日 (日) 23 : 48
やっと、「パワーストーンブログ」らしいお題目が、今日のテーマです。
私は「石は手前勝手な願い、虫のいい願いは叶えませんよ。きちんと努力精進した上で、その上で、石は共に働いてくれるパートナーであって、人間の都合を叶える小間使いではないですよ。」というスタンスで、パワストのことをお伝えしているつもりですが、だからといって、「まぁ石なんて所詮気休め、気のせい、プラシーボ」ってことではなく、ホントウにパワーストーンはパワーストーンなんだ、ってことをお伝えしたいがために、こんなブログをやっているわけでもあります。

具体的な願望を実現する。
だいたい、パワーストーンというものに興味を持つ動機として、当然のように湧き起こる願望じゃないでしょうか。
「具体的な願望を実現したい」という願望。

私も、色々試行錯誤し、また、私自身の知識のみならず、色々な他の方のパワストサイトなどの知識なども参考にし、そして、最終的には石たちの声に耳を傾けつつ、さまざまに石組みをしながら、実際に試していますが、とうとうやりましたねー。
「これは。」というゴックン系です。

現在私は営業の仕事をしている、ということを、ここ最近のブログでお伝えしていたのですが、その派遣先がかな~~~り無理目なノルマを強いることを、先週あたりから強化し始めたのです。
確かに、営業派遣の時給というのは高いですし、まぁそのくらいの数字を上げなければ実際にペイしないだろうな、というのは分かるのですが、「なら、自分達でやればいいじゃん。それができないから派遣雇ってるんだろ~ぉが」と、巻き舌口調で(笑)ぼやきたくなるような数字を、「毎日、コンスタントに」ということを要求し始めました。
営業やっている方ならお分かりかと思うのですが、「毎日コンスタントにかならず一定の数字を上げる」ということが、いかに奇跡的かということ。
人間相手ですから、いい日もあれば悪い日もある。自分自身の波だってある。

でも、どうやら先方は本気のようで、その日の最低ノルマが上がらなかった日は、残業して数字を上げること、ということを徹底して言い出しました。
残業っていっても、6時からとかじゃないのですよ。
夜9時までが契約時間なので、夜10時11時まで外回りしろ、って話です。
それも、終バスが9時過ぎになくなるような辺鄙な町で、です。
はっきり言って、そんな時間に突如訪問される相手だって、超迷惑な馬鹿な話です。

私は、もうあかん、と思いました。
そして、ものすごい雷雨の日でした。ずぶ濡れの洋服も渇かず、昼間と夜の気温差が10℃あった日で、夜の9時には、身体が真冬かと思うほど芯まで冷え切って、そして数字はまったく上がっていませんでした。
派遣先に電話し、たまたま電話に出た方は優しい方でしたので、数字が上がっていないことを告げたところ、「また明日がんばってもらえばいいから、それより洋服濡れて冷えて寒くないですか?風邪を引いたり身体を壊したら大変だから」と神様のようなことをおっしゃっていただき、その日はガタぶる震えながら帰途についたのでした。

ところが翌日。
私の数字が上がらなかった報告を受けた、グループの長は「どうして残業しなかったのか。」と、冷たく言い放ったのです。人間の優しさも何もあったものじゃありません。
私は、愕然としました。
「冗談じゃない。あんたらの勝手な言い分に付き合ってられるか。」と思うと同時に、そこで、悟ったのです。
使われている身の営業マンが、雇い主の言いなりにならない方法。
それは、結局「文句を言われない結果を出すこと」しか道はないのです。
どんなに愚痴ったり、自分の境遇を嘆いたところで、相手の鬼の心も変わらなければ、根本的なところが間違っていようが非常識だろうが、「相手を変えるのは無理」です。

営業マンに限らずですが、仕事をしていると、かならずこの問題にぶつかりますよね。
「会社が、分かってない」「上司が、仕事を分かってない」という、超脱力系の悩み。
この悩みは、ホントウに無力感を誘い、現状を憂い、自信を意味もなく無くし、やる気を失わせ、モチベーションをどんどん勢いよく下降させます。

でも結局。それなら、自分が、自分の満足のいくような結果を作るしかないのです。
どんなに、変わらないものを相手に変わってくれないかな~・・・と、懇願しても無駄です。
それにはまず、そういう「分かっていない人間のマイナスの気」に染められて影響を受けてマイナスになっていく自分を守ることと共に、自分自身に集中しなくてはなりません。
というわけで、私が「真剣に、具体的にやるべきことを実現する」ために、即効、そして、じっくり考え抜いた石組みです。

まず。先般からたびたびご紹介している、少々肩入れ感のある、キャッツアイクォーツ。トルマネーテッドクォーツ。ホークアイ。ブラックアクアオーラ。レインボーオブシディアン。ヘマタイト。ショールトルマリン(ブラックトルマリン)。S字スクリュー型水晶。
この、あまり可愛げがあると言えない「まっくろブレス」とお揃いで、さすがにネックレスは、モノクロ過ぎても何なので、大粒小粒の黒染め淡水パールを、これらの基本石と混ぜて作りました。

それとは別に、アクアオーラ&ブラックアクアオーラ&ホークアイ&紫金石&テクタイト&モルダバイトのブレスとアンクレットも、必ずいっしょに身につけました。

・・・・という、一見おどろおどろしい黒系アクセとともに、いつもしているアメジストやら、スギライトやら、金ルチルやらも身につけてはいるのですが、とにかく、この「仕事用セット」は以来、毎日身につけました。

そして、驚くべき結果。
実施期間が短いといえば短いので、これから先もずっと、と言えるかどうかは、やはり私次第なのであろうと思いますが、今のところ、「コンスタントに数字」という具体的な願望に必要な条件を実現しています。(私自身はコンスタントに数字、の必要性そのものは本当のところでは感じておりませんが、絶対、おかしいことの言いなりにならないのだ、と決めました。それが願望です)

この「コンスタントに毎日数字」、ほんとぉぉぉに、無理のあることなんです、実は。
毎日がリセット営業で、毎日毎日一からのスタートなので、実際あり得ないといえばあり得ない話なのです。
実際、私以外の営業マンは、夜遅くまでの残業を強いられている方も既に何人もいて、「あーパワストブレス作ってあげたいな・・・みんなに。」と、ひそかに思ってはいるのですが、現実世界で「パワストの話」をするのってねー、、、しかも、同僚の人たちに会うのって、日に30分くらいしかない(あとはずっとそれぞれの持ち場で外勤なので)から、そもそもほとんど交流そのものがないし・・・。

というわけで、今日のこのブログを読まれた皆様。
「これはどうしても叶えるのだ」という方、そしてそのための障害が多い方限定ではありますが、かなり、この組み合わせは強力にイケルのではないかと思います。

「えーーー、そんな石、全部手に入らないしぃぃぃ・・・」
と、思われる方も、もちろんたくさんいらっしゃいますよね・・・。
いずれ、いずれ、そうですね、いつになるかはお約束できませんけれど、私が考えたこういったレシピで喜んでいただける方がいらっしゃるのであれば、「アクセおすそわけ」も実現したいなー、とは考えております。
そんなん待てない、とおっしゃる方、大急ぎであれば、ビーズを入手し、作りましょう。石は、そういう持ち主の真剣な願いと労力に、必ず呼応してくれますよ。

そうそう、まったくの余談ですが、今日、仕事先の町のファミレスで休憩中に、私の隣のテーブルでひとりで食事をしていた女の子に、突如話し掛けられたのです。
なんとなく、人の視線を感じていたのですが、彼女は私の腕の、上記のまっくろブレスを含め、じゃらじゃらとつけられた石たちを見ていたらしく(上着を脱いでいたので、思いっきり妙なパワストおたく丸出しでした^^)「あの、石のデザイナーさんなんですか?」と、聞かれました。
その彼女曰く、何か雑誌で、「石ビーズアクセづくり」の特集のようなものをご覧になったらしく、ちょうど興味を持っているところだったそうです。

日曜日の知らない町のファミレスで、テーブルの隣り合った知らない同士で、石の話になるとは。
私は、天然石ビーズを買ってつくるんですよー、簡単ですよー、と話しながら、リュックの中に持参していた「オレンジ瑪瑙&ファイヤーアゲート」のブレスレットを、その見ず知らずの女の子に、よろしければどうぞ、と差し上げてしまいました。

彼女は、目を丸くして驚いていましたけれど(当たり前ですよね)とても嬉しそうに、即座に左の腕にそのブレスをしてくれました。
それが、本当に、何気なく選んで差し出したものなのに、とても彼女に似合っていたのです。サイズも、ぴったりでした。
私は、それを見て、ああ、石というのは「持つべき人の手元にいく」というのは本当だな、と、再認識し、心の底から嬉しくなりました。


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「悪もお役」ということについて。

2006年05月24日 (水) 00 : 41
ひふみ神示の中に、ひつくの神がおっしゃっておられる言葉の中に、「悪もお役ぞ。」というものがあります。
悪も神がさしているのだから、憎んではならん、と。

「何もかも存在許されてゐるものは、それだけの用あるからぞ。近目で見るから、善ぢゃ悪ぢゃと騒ぎまわるのぞ。」

「我がなくてはならん、我があってはならず、よくこの神示読めと申すのぞ。悪はあるが無いのざぞ、善はあるがないのざぞ、この道理分かりたらそれが善人だぞ。千人力の人が善人であるぞ、お人よしではならんぞ、それは善人ではないのざぞ、神の臣民ではないぞ、雨の神どの風の神どのにとく御礼申せよ。」

「まことの善は悪に似ているぞ。まことの悪は善に似ているぞ、よく見分けなならんぞ、悪の大将は光輝いているのざぞ、悪人はおとなしく見えるものぞ。」

「今の臣民見て褒めるようなことは皆奥知れてゐるぞ。今の世のやり方、見れば判るであらうが、上の番頭殿悪い政治すると思ってやってゐるのではないぞ。番頭殿を悪く申すのでないぞ。よい政治しようと思ってやっているのぞ。よいと思ふ事に精出しているのざが、善だと思ふ事が善でなく、皆悪ざから、神の道が判らんから、身魂曇りてゐるから、臣民困る様な政治になるのぞ。」

「楽してよい御用しようと思ふてゐるのは悪の守護神に使はれてゐるのざぞ。」

・・・こういうもの以外にも、「悪」というものについて、書かれた箇所は、山ほどあるにはあるのですが、私自身が思うに、人間が人間の頭で「悪を定義する」ことは、おそらく不可能に近いことなのではないのだろうか・・・ということです。

精神世界系や、たとえば、石の世界なんかでもそうなのですが、よくその「善も悪もない」という部分を飛び越えた「根源はひとつ、ワンネス」であることなどが語られていますが、確かにそれはそうなのですが、一足飛びにそんな境地を目指しても、まず今この時代を生かされている私達人間には難しいのではないだろうか、と思います。
理想は理想としてそういう世界があることを知ることは大事ですけれど、そんな高い頂上に羽が生えて飛んでいけるわけではありません。

ひとりひとりが、自分の中にある「悪」「めぐり」「曇り」をまずなんとか掃除しない限りは、現実世界から「悪」がなくなることはないのですからね。
そして、なんと言っても始末が悪いのは、誰しもが自分の中にそれがある、という認識を持っていないこと、悪というものは自分の外側に別個に存在するものであり、人目に判り易い姿をしているもの(詐欺や窃盗や暴力などですね)のことだと思っている人が、どうやら多そうだ、ということに尽きると思います。人目に触れたり、それが社会的に裁かれる範囲のことではない、という知恵をつければ、人間というのはいとも簡単に悪に汲んだ生き方を知らず知らずのうちにしていることがあるのです。

だから、私はひつくの神のおっしゃる「悪もお役」というのは、それじたいが「いい、悪い」ではなく、そこに関わった人間ひとりひとりが、「さて、自分はどうか?」ということを振り返り、内省し、気付きを得るためのはたらきをしてくれている象徴としての存在でもあり、一種の有難い存在でもある、ということを悟れ、ということなのかな、と考えています。
何しろ、悪もお役、と言いながらも、その悪に汲む心や行動そのものには、厳しい言葉が満載ですので。

「今の仕事、悪いと知りつつ行うは尚悪い」そうです。
神様には、人間の言うような「方便」「理屈」はないのです。
この考え方に基づくと、世の中から確実に消えていく業態、職業は、数知れずではないかと思います。
よく属している組織や会社などの悪慣習を知りながらも、その仕事に従事している人の言い分に、「生きていくためには仕方ないだろう。」という言い訳があります。また、そういう人はこうも言います。「みんなやってるじゃないか。」と。(そういう人の言う“みんな”というのは、単純に“類は友を呼ぶ”の自身の狭い範囲の世間でしかなかったり、テレビで言っていた雑誌で見た、とかいう根拠のない“みんな”なのですが)
しかし、こういう言い分は、人間社会では誤魔化せても、霊的見地からはなんのチカラも持たないようです。
「自分が生きていくためには仕方が無い」というのは、その人の「我善し」な発想なわけです。「我善し」は、つまるところ、「悪」に汲む生き方を選びやすくなるわけです。

まず、たいてい、私達人間が憤りを感じたり、相手を悪だと決め付ける心の裏には、「自分にとって都合が悪いから」という思いに起因しているのが、ほとんどのケースなのではないか、と思います。
単純に正義感が強くて、世の中の悪や不公平に対して憤りを持つ場合なども、同じです。「自分の正義感という、自分の都合に叶わない世の中」であることが、その人にとって、「悪」と映っているケースが多いように感じます。

自分の存在も含めて、この世に存在しているすべてを嬉しい愛しい素晴らしいと思える感覚、すべてが自分と繋がっていると思うその心に無理や嘘や曇りが無い感覚、これをすべての人間が持ちえた時に、「悪は居場所がなくなる」のですから、これはなかなか難儀な話だと思いますね。

今の世の中は、2012年アセンション的な見地、ひふみ神示的見地から見ると、居場所がもうすぐなくなろうとしている「悪神」が、最後のひと頑張りで、ひとりでも多くの人間の魂を道連れにしようと猛威を振るっている最中、その総仕上げ段階に入ってきているのではないのかな、という気がします。

日本の国は「雛型」ということですから、ここ近年「二極化」「格差」「一部の金持ちと大半の貧乏」という言葉が、マスコミが取り上げる経済ニュースなどから刷り込まれていますが、これも時節を現す象徴的な側面を持っていて、実は、人間の身魂じたいにも、「一部の身魂掃除を進めている人たちと、大半の何もそういうことをしない、その必要性すら感じていない人たち」という二極化が加速しているように感じる、今日この頃です。

神様に任せきる、自分の我欲「我善し」の心を捨てる、といっても、それで「懐手して見物」していてはいけないそうです。
身欲は捨てても、神様の弥栄の世界を実現するには、それぞれに役割、仕事があるわけでして、だから、「絵描きになれ、大工になれ、百姓になれ」「なんにでもなれるようにしてあるではないか」という、ひつくの神の言葉は、来る弥栄の世界に参加するための、最低限の条件でもあるのかと思います。何しろ、「自分自身が仕事なのだから、失業はないぞ」とまで、おっしゃっておられるので。

仕事、といっても、この世的な見方からだけの仕事だけが仕事ではないと思います。いわゆる、お金の儲かる仕事のことですね。それは「稼ぐ」と言い、身魂磨きの行としての「仕事」になっていない人も多いのではないかと思います。
よく、女子供を食わせるためと称して、頑張って働くお父さんを褒めるような風潮もありますが、それだけのために我慢して仕事をしているのであれば、それは本質的にはひつくの神のいう「仕事=行」ではないように思います。ただの「我善し」です。
何しろ、「働かざるもの食ふべからず」を、「方便」だとおっしゃるひつく神です。
働かない奴も食わしてやれよ、金儲けしたい奴にはさしてやれよ、それが、神様の言い分なのです。
人間の言うところの、平等だの自由だの、それは悪平等であり悪自由なんだそうです。

私は、「ある程度のことまでなら自分にできない仕事はない」というのが、心のどこかで信条になっているようなところがあるので、なんとな~く振り返ってみると、基本的に常に職場が変わるたびに「今までやったことがないことが今の仕事」になっています・・・。
普通の転職って、何かと自分がやってきたことに関連した分野の中をうろうろするのが定番だと思うんですけど、私の場合、まずそういう風にコトが運ばないんですよね。(まぁ、たいしたことをしてきていないということの裏返しでもありますがね^^。)
それも凄い話ですが、もうそろそろ、今の世の中的な「ステップアップ」っぽさを経験してみたいのですが・・・。生きているうちに経験できるかしら?
いやー、ホントウに、なんて時代に生まれてきたのだろうと、つくづく思いますね。



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カテゴリ :  私にとっての2012年
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