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2006年04月04日の記事のリスト

石と同調することが必要、と言われても…

2006年04月04日 (火) 10 : 41
パワスト用語に「浄化」とともに頻繁にでてくる「同調」。
昨日「浄化」の話がでたので、今日は「同調」の話にしてみます。
gooのはてなダイアリーによると、「同調」とは、下記のようなことだそうで。

『判断・態度などを含む広義の「行動」に関して、他者、あるいは集団が提示する標準や期待にそって、それらの標準と同一あるいは類似の行動をとること。集団成員による同調は結果として集団内に斉一性をもたらす。』

つまり、「行動」「行為」が、「石の促すエネルギー、石の持つ意味」に沿ったものとなることが、石と同調する、っていうことなんでしょうかね。
「似たものになる」ってことです。

人は、「好きな人の真似をする」生き物です。
だから、その石のことが好きであれば、その石に似たもの、その石とともにいるににふさわしいものにおのずとなろうとする…ところがあると思うのです。

たとえば、洋服、身なりなんかもそうですね。
やはり、きちっとした格好をすることによって、「それなりの中身」が伴ってくる(ような感じがする、ってだけでも、それは同調ですね)ものです。
時計やバッグにお金をかけて、「良いもの、高級なもの」を人が持ちたがるのも、その「ブランドの威厳」のチカラを借りたいから、なわけですし。

センスを磨こう、スタイルを良くしよう、っていうのも、そういう感覚と同調すれば、そうなっていくものでもあると思います。
ダイエットなんかも、結局、「痩せてすっきりした自分」への同調じゃないでしょうか。ダイエットしたいしたいと言いつつ、食いつづけている人は、現在の自分に同調しているんですよ、おそらく。(それならそれでいいんじゃないか、とも思いますが)

人間、中身が大事とは言われます。
でも、中身になってからだけで生きていけるのは、死んで霊人になってからの話で、肉を伴って生きているうちは、自分の身体を始め、自分の身につけたりするものや、自分を置く物質的な環境なども、その「霊」を左右する大事なひとつの要素ではあります。
そうじゃなきゃ、人様に「感じよく自分を演出しよう」などという努力の意味もなければ、肉物としての存在意義、身の回りのモノの存在意義も感謝もなくなってしまいますもんね。

ということで、石との同調。
これは、たとえば、「この石が好きだワン」という動機、意味なども良く知らずに、天然石を入手する際には、そう思った時点である程度、同調は済んでいるわけで、比較的スムーズだと思います。
人は、好きなモノに似たものになろうとしますので。

問題は、「パワスト的意味」に惹かれて、その石をゲットした場合なんじゃないでしょうか。その外見を、それほど好んでいるわけでもないのですが、願望として、その意味という果実が欲しい…と望んだ場合。
この場合の同調は、努力を要しますね。
人間、努力して何かを好きになることほど苦痛なものはありません。
これは、俗に言う「見合い結婚」のイメージでしょうか。
条件はあらかじめ分かっている、きっと安定した生活が送れるだろう、きっと幸せというモノが予定されているのだろう、でも何かピンとくるものがない…

でもね。
最初はピンとこなくても、じわっとフィットする人間関係というものは、あります。
その逆に、最初は、死んでもいいくらいに好きだったのに、時間がたってみると、はてなマークだらけの愛情だってあります。知ってみると、「え?そうだったの?」というやつです。

石との同調も、結局、こんな感じです。
一進一退ですね。
どっちを選んでも、そういうものです。
うわー、どえー、ベストマッチ!きゃっほう♪みたいな時もあれば、あんなに好きだったのに、最近そうでもないんだよなぁ…ってこともあります。

なぜならそれは、人間は変わるから。
「心変わり」を大変良くないことのように、世間では言いますが、心が変わらない人などこの世におりませんし、「変化する。進化する。」のは、私達人間が生かされている目的でもあります。
淀んだ水は腐りますし、使わない筋肉は衰え、何も考えない脳味噌の細胞は死んでゆく。私達の身体は、使ってあげればあげるほど(但し、正しい用法で)活性化するもの。

石も同じですね。
使ってあげればあげるほど、より同調度合いは増していきます。
飾っておいてもいいですが、そこにいることを忘れてしまわない注意があればいいと思います。
植物も水も、「無関心」が、最大のパワーダウン攻撃だそうなので。
「無関心」をプレゼントするくらいであれば、まだ「憎しみをこめた言葉」のほうがマシなくらいだそうですよ。

これは、自分自身に対しても言えますね。
「自分自身に無関心」は、おそらく、コンプレックスや自己卑下することなどで自分に関心を寄せていることよりも、もっと始末が悪そうな話です。
自分自身に無関心ってことは、神様に無関心ってことと同じですから。



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カテゴリ :  ちょっとスピリチュアルな話
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