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水晶について、なぜ書かないのか。

2006年04月03日 (月) 00 : 26
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水晶はねー・・・。
水晶について、書かなかった理由は、あまりにも書くことが多すぎて、なんかまとまりのないものになりそうなのと、水晶については、ネット上に山ほど水晶について書かれたものならあるので、まぁ、今すぐ私がやらなくてもいいのかな、ということもあって、あんまり書いてないんですが。ただでさえ、まとまりがないのに、どんどん脱線しそうで^^。

水晶って、「パワスト持つなら、まず水晶。」の基本石、って言われてます。
まぁそうなんでしょうね。でも、無理に持つ必要はないんじゃないでしょうか。
私は、水晶に至るまでの間は、天然石フリークというよりは、単なる「宝石好き」でしたもん。その、初めて持った水晶アクセが…ってのは、後ほどお話しますが。

水晶の一般的に伝えられている意味としては、
あらゆる面での優れた、浄化力を持つ。調和、統合、バランス化を促す。光とエネルギーの場を持ち、その力を増幅する。
潜在能力の開発。他の石のパワーを強める。新陳代謝を活発にして、細胞の再生を促す。免疫力を高めて、体内の毒素を排除する。・・・などですかね。

あと、水晶クラスターも、浄化&チャージの基本、充電器みたいな感じで、パワスト持ったらクラスターもセットで揃えましょう、のススメみたいなもんもあるし。

どーなのかなー。水晶クラスター。ないよりはあったほうがいいかもしれませんが、必須かどうかは分からない。
それと、クラスターが浄化してるから、っていう「浄化クラスター頼み」に走る傾向もあるよーに感じる(ぢぶんのこと)から、クラスターがないほうが、もっと「その石への思い入れ」や「感謝」や「愛着」が入るかもしれないしね。
クラスターの上に乗せておけばオッケー、って、ほったらかしになるくらいだったら、石は浄化なんかしてもらわなくても、もっとかまってあげるほうが、よっぽど充電になりますよ。

その水晶クラスターを、「うわー綺麗だなー、欲しいなー。」って気持からではなく、単に充電器買うつもりで手に入れるんであれば、いらないんじゃないかな。
あんまりしゃちほこばって、うやうやしい儀式的なことや、しきたりや形式みたいなものに振り回されて、浄化中毒になってしまうよりは、もっと気楽に石に接してあげたほうが石も喜びますし。何よりも大事なのは、その石への愛情と感謝だと思います。

というか、そんなに石の浄化って必要なのかな?って思うよ。
人間には浄化は必要だけど、石は神様そのもの、自然そのもの、万物の象徴そのもの、ですからね。あんまり汚いもののように、「いろいろな人が触れてきているから」とか言うと、それを手にしている、そういう自分こそなんなんだ?って、なりませんか。
その「色々な人を経由して私に届けてくれている」経路、人の手こそ、感謝だと思うんですけれどね。それが何であれ。

私は、初めて買った水晶アクセ、通信販売の「脅威のパワー水晶ネックレス」(爆。でもホント。)で作詞家になるって願望が叶ったクチですけれど、その頃は、「パワストには浄化が必要」と、今は常識のように謳われている注意書きなど、何も知りませんでしたよ。
新聞の折込広告に入ってた、妖しげな「脅威のパワー」のコピーに、「ヲイヲイ、ほんとかよー、けらけら。」となりながらも、なんかねー、そのチラシ、捨てずに取っておいたんですよ^^。
後にも先にも、そういう「脅威のなんとか」につられて買ったグッズは、それだけですがね。いまだに、なんであれを買ったのかな?普段毛嫌いしてる、そういう妖しいグッズ広告そのものだったのに。と思いますよ。
まぁでも、値段もバカ高くなかったしね。たぶん、何万円もしてたら買わなかったと思う。確か、5千円くらいだった。
普通の、水晶5mm玉の50cmネックレスですよ。
(水晶の実際の値段を知ってたら、それでもかなり高いんですどね。昔は、ビーズを買って自分で作る、なんて発想はみじんもありませんでしたから、逆に当時のジェムフリーク的には、「水晶って安いんだなー。」って印象でしたしね。でも、今なら絶対買いませんがな。5千円あったら、ビーズならけっこういいもん買えますから。)

だけど、こやつが、アタシの中に眠っていた「潜在能力」とやらを開花させた、としか言いようがないですね。
だって、「作詞家になるべー」という願望を持ってから、1年足らずで音盤が出ることが決まってしまうなんて、後から知ったんですけど、「作詞家志望」って人たちの中では、考えられないくらいの“脅威の”スピードデビューだったみたいですよ。

でも私は、その水晶以前に宝石系も含めて、石アクセなんて山ほど持ってたし、タンブルも持ってたけど(でも不思議と水晶はなかったなー)「浄化」という概念そのものを知りませんでした。かなり長年。

だから、「願いが叶ったら、石にお礼を言いましょう。」
なんてことすら知らなかったし、だいたい、「水晶ネックレス」を買ってから、その作詞家になりた~い願望への具体的な道が、信じられないくらい急速に開けていたのだった、っていうことだって、“何年も経ってから”思い出して気がついたくらいですからね。

石の気が見えるようになって、石のバイブレーションとかパワーが分かるようになって、石が言いたげなことが分かるようになって、改めて石と自分の歴史を振り返って検証してみて、「あまりにもタイムリーに必要な石が、必要なタイミングで、手元にやってきていた」事実に愕然とした、ってくらいに、すっとぼけてますからねー。

彼らは、こっちがお礼を言おうが言うまいが、意味どおりの仕事をしてるんですよ。
まるで、その姿は「神様そのもの」でした。
なんか、穴があったら入りたい・・・という、恥かしい気持でしたね。

これは、アレですね。
死んで霊界に行って、「で、おぬしは人間やってるあいだに何を学んで、どの課題を克服してきたん?人間社会、神様が創った世界のために、何してきたん?」と、人間生活報告をしなければならない段階になって、初めて「ひぇぇぇ、生きてるって、そういうことだったの!?霊性を高めるって、ええええ!?」と、死んで初めて、自分が地上生活でいったい何をしてこなければならなかったのかを悟る、“あとの祭り”に似てますね。

でも、アタシはまだ死んでない。
だから、今まで私によくしてくれていた石たちに感謝の意味も込めて、それから、「石がいったいどういう持ち主の状態の時に、そのチカラを発揮しているのか?」について、これは「人々に知らせる責任があるべー」と思い至ったんですね。。。

これには、本当に共通項があるんですよ。
簡単にいうと、「自分の現実を、自分以外のせいにしていない」時、ですかね。
つまり、すっかり観念して、「自分オンリー」を手放している時です。
誰のせい(自分を含め)でこうなったああなった、とかそういう「固執」を手放している時。ある意味、自分のことなのに、他人事のようになれる時でもありますね。

単に「ポジティブ思考」とか、「石のチカラを盲信」してさえいれば、それで何でも叶うかのよーに思われている向きもいらっしゃるかもしれませんが(いないか、そんなオメデタイ人は)、「自分勝手なポジティブ思考」「ないものねだりポジティブ思考」には、いっさい、石は反応しませんね。
自分の中にあるものをただ表に出していこうという「本来の自分」から目を背けずに、行動する時、努力する時に、強力に助っ人になってくれます。

というか、「自分の中に本来あるもの、縁のあるもの」だからこそ、その石が手元にやってきている、というのが正解。
「行動力がないし、積極性が欲しいな。」って思っている段階で、行動力も積極性も自分の中にあることを知っているわけです。
けれど、石の意味のなかにある、自分が想像している「繁栄」とか「成功」や「幸福」の姿と、石がもたらすそれとは、若干(人によってはかなり)違っている場合が往々にしてあります。だから、「石を持ったけど何も変わらない」「効果なんかない」という、台詞が生まれる人もいるわけです。

人生、時には、マイナス思考と取られがちな、停滞や逃げだって必要なこともあるんですね。パワスト持つなんて、負け犬くさ、って思ってもいいんですよ。
それでもいいんですよ。それですら、「神様の計画」のうち、です。
心が、ちゃんと、光に気付く時を見逃さなければ。

水晶って石は、それをさせてくれる石ですね。
自分の中に、小さな小さな、消えていない光があることを、思い出させる石。
私達人間は、どこへ行こうと何をしようと何を考えようと、「神様の手の内にある」存在だということを、自覚させてくれる石。
もう、これはしょうがないんですよね。そういうものなんですわ。
自分が自分の心臓を動かしているのではないのですから。
私達はよく「生きている」というけれど、正確には「生かされている」のですから。

そうそう、今気がついたんですけど、sionって、水晶の化学組成SiO2に、ちょっと似てない?水晶だけじゃないけどさ、珪酸鉱物、SiO2は。
気のせいかしら。単なる偶然なのでしょうけど、「偶然はこの世にはない」そうなので、私はコレ偶然じゃないなーーー、と、勝手に喜んでいますが。


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カテゴリ :  才能発見stone
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