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2006年01月27日の記事のリスト

アセンション、プリーズ。

2006年01月27日 (金) 20 : 41
なんて、お寒いギャグになってしまいましたが、「アセンション」という未知の事象内容については、それほどお寒いものではありません。

アセンションって何?
っていうことに関しては、「これこれこういうことだよ。」という答えを用意できるのがいちばん手っ取り早くて話もスムーズなのですが、これこそ、「人の取り様」なのが現状ですし、また、私の意見としてはそれでいいと思っています。

おそらく、人によって、「まるで異なった経験」になることが予想されますし、それに、今だって「世界というものは、人によって違うのだ。」ということが現実ですから、この現実の法則はそのまま続行されるわけです。

一般的に言われているアセンションの定義というのは、近々、今私たちが足を乗せて生活している「地球」の「次元上昇」に伴い、「地球の作り変え」が徐々になされ、それに伴い私たちも、「DNA変容」や「封印されてきた能力の開花」が行われ、今とは違う地球、人類が誕生する、といったところが、大雑把に語られている内容です。

これはこれで、ここだけ捉えると「希望」と言えるような気もしなくもないのですが、問題は、どうやら「それに伴う、地球の浄化作業の中で、魂がふるい分けされていく」気配があることです。
無条件に、みんないっせいに、せーの、ってわけにいかなそうなこと。

アセンション後の地球では、「思っていることが隠せない状態」つまり、霊性が人々に筒抜け状態となってしまうため、次元上昇した地球、動物、植物、鉱物などの自然や人類との調和ができない魂は、存在できなくなる可能性があるらしい、ということです。

このあたりまでの話で、たいてい「けっバカらしい。」となる人も多いでしょうし、5年くらい前でも、そんなこと話してる人たちって、ほんと、一部の変人扱いでした。
今でも、まぁ、マイナーな存在でしょう。
だいたい、こういうことを言っていても、「暮し向きが良くなる」わけでも、「何かのキャリアアップに繋がる」わけでもない、損得勘定で考えると、かなり「損」なのです。
ある意味で、今現在のこの社会形態の行き詰まりの原因を紐解こうとする作業にもなるので、「じゃ、おまえが今やってる仕事、生活のためと称する金稼ぎはいったい何なのだ?」という、大きな自己矛盾を自分の中に抱えることにもなるのです。
(私は今はもう「会社員」を辞めているので、つまり、自分がそこに所属している時に諦めていた「奴隷根性」からは解放されているぶん、気は楽ですが、その代わり、自分の生活を安定させるという意味での社会的立場は、綱渡り的なものとなっています。だけど、本当にそれで良かった、と思っています。)

私も、こうしてブログなんかで書こうと考えながらも、今日までそれをしなかった(できなかった)のは、やはり「それを言い出してしまうと、とても“生き辛くなる”という壁」が自分の中にあったからです。
というか、5、6年前の自分は、まさにその「社会の構図そのもの」に翻弄される仕事をしていた身分だったので、まざまざと、「世の中、金。」を見せ付けられている最中でした。本当に、自分の中からどんどん力がなくなっていくというか、この「金次第の世の中」をいくら奇麗事で何とかしようと思っても、どうしようもないじゃないか。。。と、思っていました。

レッテル貼り、というものが世の中にはあって、一度自分のカテゴリを決定付けてしまうと、その立ち位置でしかモノが言えなくなる可能性を秘めています。
それが怖くて、私も、ず~っと「見て見ぬふり」をし続けてきました。

でも、もうあんまり「時間がない」ってことを、私は「石を通じて」何度も何度も急かされました。
私は、根がノンビリ屋で、本来あまり自分で能動的に行動しようとするタイプの人間ではありません。なんとな~く、人が敷いてくれるレールの上に、「サンキュ。」と言いながら、乗っかってきた流れ者のような人間です。
「努力して、自分の力で勝ち取りました、このメダル。」なんて実感を自分の中に抱いた経験のない、ほんと、運まかせの人間なのです。

そんなだらしのない人間に、「時間がない。」と急かすくらいですから、要は「霊的世界」は相当騒がしく慌てているのだと思いました。
私などが言うよりも、もっと影響力のある方に、「地球や人類の今後の真実」をちゃんと、嘘つかずに語ってもらったほうが、本当ならそのほうがいいのです。

でも、残念ながら、そういう方々が「今後の地球の方向、世界の方向、人類の方向」を語る日は、「間近」までないと思います。
というか、「間近」になれば、いい加減もう、そういう誰か偉い人に言われなくても、それぞれが「目が醒める」と思います。

でも、その時では遅いと思います。
困ってから「藁」を掴みに行くよりも、「もうあんまり時間はなさそうだけど、今のうちに「藁」を知っておく」のも、一考ではないでしょうか。
その「藁」の参考としていただけるような内容を、これからお知らせしていきたいと思っています。


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自分を含めて、昨今の世界

2006年01月27日 (金) 19 : 15
もちろん、自分を含めての話ですが、昨今の世界、社会がなんとなく「おかしい」と感じている方も、そうでない方もいらっしゃると思いますが、「でもそれをいったい自分がどうすれば?」という「壁」に、考えれば考えるほどぶち当たってしまう・・・それが、「昨今」ではないでしょうか。

テレビニュースを観ても、先日「悪役という配役」でお話していたホリエモンのことについてもそうですが、不動産・建設業界の耐震性偽造問題などにしかり、ここ何年も続いている「自然災害の大型化」にしかり、直視しようとすればするほど、「???」と、世の中で起こっていることは頭が混乱し
てしまうことばかり。

こういう時、「そんな悲観論ばかり言っていても、しょうがないじゃない。前向きにいこうよ。」というのも、一里ある意見です。
悲観論や厭世観にだけ引きずられていく必要はないのです。
しかし、「起こっていること」の意味や真意の「背景」を探っていこうという探究心は、決して無駄ではないことだと思います。
それをしなければ、「内省」に繋がらないからです。

私が、「2012年問題」と新たにカテゴリとして設けたこの、よく分からない噴出しつづけている世の中の膿、影の部分を説明するための「背景」として、ここのところ目にする機会が増えてきた「フォトンベルト」「アセンション」などの、これから起こる可能性があるといわれている前代未聞の地球人類全体に関係する事象についてですが、今、私たちを取り巻く社会の変化や起こってくる問題などは、その「裏付け」を私たちに知らせるために、起こっているのではないだろうか?と、言うのは、いささか強引に過ぎる話なのでしょうか。

私が、こういうことを考え出したのは、くっきりと「いつから」というのは分からないのですが、「そのあたりとの符号感覚」で世の中と自分自身を見始めたのは、5、6年くらい前からでしょうか。

遡れば、「なるほど、世界のことを、そこからの視点で捉えると、合点がいく。」ということが、自分にとっても、世の中で起こっていることをとっても、「納得感」に繋がっていく気持ちよさ、というものがありました。

私が好きな、天然石たちの謂わんとしていることの意味も、彼らの存在意義も、そこへ繋がっていることに気付いた時から、私は「石たちの話す言葉」が分かるようになり、今まで見えなかった感じることのできなかった「石の気」「石の波動」が見えるようになり感じられるようになりました。

このカテゴリでは、そういった内容を中心に、私の目線での気付きではありますが、お話していけたらと思います。


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