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2005年10月の記事のリスト

見た目が変わる石

2005年10月21日 (金) 02 : 25
石は、見た目が変わります。
これは、パワーストーンマニアの中では、わりと「常識」だったりするのですが、一般社会の中では、なかなか認知していただけない事実です。

石の見た目の変化を楽しみたい方には、水晶のクラスターとか、ポイントがお薦めかな。あと、クラック水晶(爆発水晶とも呼ばれている)も、変わりますよ。
あとは、カルサイトとか、カイヤナイトなどの三斜方系の石、フローライト、それから水晶系ファミリー(アメジスト、シトリン、スモーキークォーツ、ローズクォーツ、エレスチャル、などなどでしょうか)、ベリル系(アクアマリン、エメラルドなど)などの、中に「虹」を作る石は、変化が分かりやすいですね。どんどん「虹」は、増えるので。
透明、半透明の石は、基本的に変化が分かりやすいですよ。
ロードクロサイトにも、うっすら虹はできますし、色の濃淡の変化があります。ピンクが濃くなっていく現象がありますね。

あと、ムーンストーン、ラブラドライトなどの、レッセンス効果のある石、これも分かりやすいです。明らかに、こんなに虹々してなかったのに・・・ってくらい、うちのラブラドライトのタンブルと丸球は、ぎらぎらになっちゃいました。(ムーンストーンは、月の満ち欠けに連れて、そのレッセンスの量が変わります。よーく観察してると、確かに満月が近くなってくると、うちのブルームーンストーンのブルーがどんどん増えます。オレンジムーンストーンは、シラー効果が増してますね)

同じく、遊色効果系の、オパールも。
タンブルを繋いだビーズのうち、一粒使って指輪を作ったんですけど、始めはここまでの蛍光紫の光は発してなかったぞ・・・という感じですもん。
(オパールは凄く強い石なので、「気」に敏感な人は、最初「石酔い」します。こういう、「気が強い」石っていうのは、他にもたくさんありますけど、また別途、書いていきます)

いちばん見た目の変化が分かりやすい水晶が、どう変化するのか?
まず、手元に来た時にはなかった「レインボー」のきらきらが現れます。これは、すぐ分かる変化です。虹ってどんな?といえば、そーですね、晴れた日の噴水に日光が当たると、きらきらっと虹ができるの見たことあると思いますが、あれです。もしくは、時々、歩道とかの地面に浮いた油が虹色に見える時ありますよね。あんな感じ。
そして、ポイントのファセット面に、三角形のレコードキーパーなる印が浮かび上がってきたりします。「こんなものなかった」という印、△マークがうっすらと出てくるんですよ。これは、かなり最初はびっくりします。
そして、透明感が出てきます。

私は、この手の変化がとても楽しみなもので、クラスターとかポイントなどの原石系は、濁ったものを買います。最初から綺麗なものは、確かに綺麗なんですが、それよりもなんというか、「磨きをかけていく」感覚のほうが好みなのかもしれないですね。

あと、クラック水晶のビーズ。
私は、ブレスレットにしてるのですが、ある日ふと気付いたら、なんかそのヒビがね、うっす~くなってたんですよ。
もちろん、まったく無傷にはなってないんですけど、これって中途半端な内包物入り水晶ビーズ?ってぐらいの感じになっちゃってました。
クラック水晶ビーズというのは、水晶を高温・高圧で手を加えてクラックをわざと作っているものなので、最初は水晶が可哀相じゃんか、と思ったんですけど、研磨、穴あけなど、アクセサリー用ビーズには何らかの人の手がそもそも加わっているわけですから、試しに買ってみたんですけど、クラック部分にきらきらの虹がどんどん出来てくる様を見ていて、やみつきになりました。

しかしそのクラックが、減っている・・・。
要するに、石は人間に何かしらの影響を与えるのですが、それを身につけている人間のほうも、石に影響を与えている、ということの現れですね。

天然石には、「浄化・パワーチャージ」が必要、と言われてますが、やはり、心を込めてそういうことをしてあげると、石が「輝きが増す瞬間」を目にします。
なーんか、錯覚かな、気のせいかな、でもそんな気がする、っていうパワーストーン好きの方もいらっしゃるかと思いますけど、それ、錯覚じゃないです。
(「浄化・パワーチャージ」についても、また書きます)




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音楽好きな石たち

2005年10月20日 (木) 18 : 53
石にヒーリングミュージックを聴かせると、活性化するとかなんとか、っていう話は聞いたことがある方もいるかもしれませんが、私は、そういう「α派満載系のCD」などのヒーリングミュージックですよ、とパッケージされたものを聴いたことがないのです。
主に、石にはクラシックとか良いらしいですね。

偶然なんですけど、たまたま、元WANDSというユニットの上杉昇さんのソロアルバムの中の「TangoTango」という楽曲を聴いていた時のことなんですけど、「あれ?」って気がついたんですよね。
明らかに平常時と様子が違う。
なんかね、光の噴水みたいな感じのものを発してるんですよ。天井まで届きそうな。
石は、テーブルに置いてあったイエローカルサイトの大きな丸球と、シトリン、アメジスト、ルチルクオーツのポイント、それから、グリーントルマリンのくっついた水晶、あと、サルファーのタンブルでしたかね。ちょっと、びっくりするくらい。
で、その「石に音楽を聴かせると云々」の話を思い出した。

なんか面白いなー、と思いました。

で、また日を置いて、夜中にNHKがやってる年代別の流行歌を流してる番組、っていうのがあって、やっぱりねー、ふと見ると、様子が違うというか。
じーっと観察してたんだけど、なんかね、やっぱり曲によってその活性度合いが違うんですね。
その法則性に気付いたのですが、歌詞がぐっとくる歌の時に活性化するのかな?とか、メロディーがやはり泣ける系なのかな?と思って見てたんですけど、そういうわけじゃないんですね。

その時かかってたのは、山口百恵さんの「ひと夏の経験」とか、浅田美代子さんの「赤い風船」とか、かな~りレトロな曲などだったんですけど、あの、以前に見た上杉くんの
「TangoTango」状態には、まったく及ばない。
そうやってずっと見ていて、唯一、あの以前に見た光の矢を発し始めた曲が、かかりました。それは何かと言えば、ゴダイゴの「ガンダーラ」だったのです。

で、翌日、あまりに面白かったので、ちょっと色々聴かせて試してみたんですわ。
その、光の矢の噴水状態が確認できた曲名は、上杉くんのその例の「TangoTango」(他の曲はそうでもなかった)、井上陽水さんの「氷の世界」、小田和正さんの「ラブストーリーは突然に」かな。

私の好きな元ブランキージェットシティに関しては、「D.I.Jのピストル」「悪い人たち」とか、あと浅井健一さんのJUDEの曲も何曲か聴かせたけど、ベンジー楽曲については、明らかに反応が違ったのは、「シルベット」だけでしたねー。

「ロコローション」だの、ローリングストーンズの「ホンキートンクウィメン」だのを聴かせた時には、なんかね、どう反応してよいのやら、みたいになってんですよ。石たちは、明らかに戸惑っていました。まぁ、それも納得いきますよね。

自分が作詞した、KAZAMIちゃんの「Dreamer」という楽曲もね、聴かせたんですけど、「ガンダーラ」「TangoTango」「氷の世界」「ラブストーリーは突然に」などには、遥かに及びませんでしたね。
活性化度合いは、ベンジーの「シルベット」と、いい勝負だったかな。

私的結論としては、ボーカリストのスピリットの力の違いかな、と感じました。
音楽は、言霊を運びますから、その波動を埋め尽くす魂の質の違いを、石たちは正直なので、見分けるんじゃないでしょうか。
ある種の嘘発見器みたいなところがあるなー、というのが、私の実感。


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石との出会い2

2005年10月19日 (水) 04 : 10
石との出会いというのは、それこそ人それぞれで、本当に何気ないたくさんの偶然が手伝って、その出会いという場がセッティングされていることが分かります。
(石に限らず、人生すべてがそうです)
よく、パワーストーン選びに「直感で選ぶのがいい」と言われることがあります。
直感って何?とか、そもそも自分そういう第六感とか霊感とか、ないしなー、というのが、大方の人間が思っていることだと思うし、そういうものがあれば、人生こんなに苦労しないぜ、とも思うかもしれない。

でも、直感っていうのは、そんなに大それたもののことではないんです。
「私、勘がいいんだよね。」って、自慢するほどのことでもないんです。
だって、皆が本来持っているもの、なので。ただそれが無意識の中に眠っているか、意識的に取り出して使おうとしているか、の違いです。

私は、パワーストーン選びには、この「直感」を一番お薦めしますね。
自分で選ぶのって、簡単です。
「あ、これは好きだな。綺麗だな。欲しいな。」これだけですから。
よくある選び方に、その石の持つ力、効用を選定基準にする場合もあると思います。もちろん、これもアリ、です。しかし、この場合、大切なことは、その石の現物や販売サイトに載っている写真などを見て、先ほどの「あ、これは好きだな。綺麗だな。欲しいな。」の感覚になれるのであれば、効果はもうその購入を決めた段階で始まっていると思います。なぜなら、自分で選び気に入った石であれば、愛情かけて可愛がる、大切にしてあげられる可能性が高いから。でもこの感覚が今ひとつのまま、石やその石のアクセサリーを購入した場合には、今ひとつよく分からない半信半疑感覚に包まれる可能性もあるように思います。
まぁ当たり前といえば当たり前のことです。だって、ピン、ときてないんですから。
(こういうのは、次元の違う話ですが、「金持ってる持ってない、で結婚相手を決める」とか、そういう何らかの自分が浴する特典に期待して結婚相手を探す女、的なさもしさに似てる感じしちゃうんですけど、ヘンですかね。で、いざ金があるからと結婚したはいいが、相手の男性に対して「人間的に面白味がない」とか言い出す女。つまりそういうことですわな。条件で何かを選ぶ、というのは、そういうことです)

ただ、石というのは、意味もなくただただお金の力だけで、そのホルダーのところへやってきたりしません。
やってきたらやってきたなりの働きを、必ずします。たとえ、その持ち主がその石に対して、客観的に見て最高のご主人様でなかったとしても、です。
でも、その働きが、本人が望むこととは違う現実をもたらすケースもしばしばです。
幸運がやってくる、と思っていたのに、どう考えても不運としか思えないことばっかりになったりすることだって、場合によってはあるのです。

これは、いったい何なのか。

往々にして、石との相性などがよく言われることですが、私が思うに、自然の摂理、つまりいわゆる神様の計画とでもいうのでしょうか、そういうものに外れた本人の願望に関しては、石は「そうじゃないよ。」ということを知らせる場を与えるように感じるんですね。いずれにしても、もたらされたものが一見、本人の目には不運に見えるものであったとしても、その後に来る大きなチャンス、成長の機会に巡り合うための器を整えさせようとする働きをするようなところが、石たちにはあるように思えます。
(つまり、その価値が分からない段階の人には、その価値が分かるように仕向けてあげる、という感覚でしょうか。何しろ、石って、いわゆる神様から来ている類のモノなので、神的視点から見るとそうなるのかなー、と、しばしばその時点での個人的欲求には不本意な現実をプレゼントするケースもあるのです。それを、受け取る側が「気付けたことに感謝できるか」「落胆するか」が、人間に与えられた「自由意思」の部分ですね。)

効用で選ぶ場合の決め手というものがもしあるんだとしたら、その、持っている願望は果たして自分の魂の成長に、どれだけ必要なものなのか?という観点から見ることも大切かもしれません。
単純に、幸せになりたい、傷ついた心を癒したい、って思いがあったとしますね。
で、石が手元に来る。何も、何も、起こらない。彼氏との出会いもなければ、収入アップもない。残業だって相変わらず多くて、休みもやっぱり取れそうに無い、もう、くたくたで・・・限界。石なんかに頼ったところで、所詮こんなもん。石は綺麗だけど、特に何もしていないように見える。ちっとも癒されてなんかない。

こういう場合、この石は、本当に何もしていないのでしょうか。
私は、何もしていないのではなくて、おそらく、その石のホルダーとなった人が癒されるために気付かなくてはいけない重要なこと、というのが、その変わらない状況の中に隠されていて、それに気付かせるためのサポートを一生懸命無言でしてくれているんだと思います。

そもそも、幸せの基準、というものは何なのか?
実はそれが曖昧なまま、幸せになりたいよー、というのは、そんな願いを込められた石のほうも困ってしまうと思うんですよね。
だから、石の側で、こうだよ、と、一歩進んだところを示すと、我侭な石ホルダーは「なんだよ、それ。」と不満の心が変わらない。持ち主の心が変わらなければ、喋れない石たちはどうしようもないのです。心が変わらないと、実態は変化していかないものだから。これは、普遍の鉄則です。そして、石はそういう自然の法則にとても忠実です。

金出して雇ったとたんに、何を頼んでもいい召使、石はそういうものじゃない。
肉体を持ってたかだか何十年しか生きることのない私たち人間よりも、遥か昔から、それこそ何千年の歳月をこの地球上で生きてきた、実は大先輩、という存在です。
まぁ、そこまで大袈裟に考えなくても、それでも少なくとも、石全般に私が感じることですが、人間を不幸にするために手元に導かれる石なんていない、ということでしょうか。
気付かなければいけないのは、私たち人間のほうなんですよね。
私たちは、日本に生まれ、色々なものが豊富にあり、望めば色々な情報を手に入れることができる環境を与えられている。そういう立場に生まれ、私たち一人一人が、この恵まれた環境に感謝し生きる中で、恩返ししていかなければいけないものが、必ずある。
それが、生きている、生かされて今この場に肉体を持ち、モノを考え、活動できる、ということなんじゃないでしょうか。
パワーストーンは、そういう当たり前だけど大切なことに気付かせてくれる、サポート的存在を買って出てくれる頼もしい友人であって、頼るため、依存するための存在じゃありません。
現実を生きる主役は、あくまでも自分で、それを変えようとする、切り開こうとするのも、自分です。

石は喋りません。何も語らない。文句も言わない。
でも、固有の、個別の意識は、それぞれに持っています。
私は、石のリーディングと呼ばれるものや、ストーンセラピーなどの専門知識は持っていないし、そういうものも受けたことはないのですが、ある日、突然なのですが、石が発している「気」が見えるようになってしまったんです。(「気」というのは、天然石に限らず、人工的に作られたものや、もちろん、植物、動物、そして人間も発しています。これが最初に見えた時は、嬉しかったと同時に、ヤバイ、と思いましたけど)
巷で言われる「波動」のようなもの、ですかね。石のその波動というか、振動は、ちゃんと手に伝わってきますよ。元気がいい時もあれば、そうでもない時がある。そして、それは自分自身の映し身のようなものでもあります。
これは、証明のしようがないのが残念ですけれど。
「ほら、こんななっちゃってるよー、喜んでるよ。」と、私が見えても、見えない人には本当に見えないわけで。

実は、このブログを始めたのも、そういう石たちに急かされて、、、というのも、理由のひとつでもあります。
もっとちゃんと私自身が、鉱物知識などストックしてから・・と、考えていたのですが、「そんなの待ってたら、あと何年時間があっても足りない!早く!すぐやれ!時間がない!」というふうに。
まぁ、石が急かした、というよりは、石を通した力という存在、なのでしょうけれど、こういうものについても、追々触れていきたいと思っています。


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