カテゴリ
ちょっとスピリチュアルな話  の記事のリスト

メディテーションはいと楽し

2017年04月17日 (月) 00 : 00
なにかと、スピリチュアル的にお薦め度の高い、メディテーション。

スピ系のあらゆる分野で、どちらかというと、薦められていることが多いので、実践されていらっしゃる方も多いと思います。

オススメじゃないケースなんかもありますけれど。
いわゆる「魔境」というところへ入ってしまうような瞑想もあるので、素人はちゃんと瞑想のプロの指導に従って行うこと、ということが薦められておりますが、そういう場合も瞑想そのものを否定しているケースは少ないです。

たしかに独自でやっていると、最初のうちはよくわかんないところあります(笑)。
でも、よくわかんないな~、のような方であれば、魔境というところへは誘導されてはおりませんので、いたって大丈夫だと思います。

基本、なにか観えてるとか、なにかメッセージが、とか、そういう認識はその時にはあってもなくても良いのです。
「瞑想したあとのスッキリ感」があることや、「心の落ち着きが取り戻せたリフレッシュ感」とか。
そのあと、なんかスイスイはかどるわ~、な感じとか。
そういうものが、感じられていれば、ちゃんと、高次領域に繋がって、エネルギー的にケアされてこっちへ戻ってきております。

そういう自分自身の「感覚」が、「なんだかメディテーションするといい感じ」に感じられるようなメディテーションであれば、その方に合ったメディテーション法なのだと思います。

瞑想で入っちゃう魔境は、おそらく「なんだか現実の自分にかけ離れてものすごく都合がいい感じでないかい?」のような^^、「あなたは○○の生まれ変わり」やら、なんていうんでしょうね~、本人の潜在的に持っている自我欲を満たす、っていうんでしょうか、「私は本当はこんな凄い人、凄い使命を持った人」的な、そこをくすぐるような^^光り輝く素敵な天の使いが顕れてきたり。

現在の本人を、本当の意味で鼓舞していく啓発性がそこに感じられないような感じというのかな。
(高次存在もたぶん色々なので、たとえば魔境に入って楽しくやってる人を^^高次ガイドはそれこそ救い出さないのか? って話になりますが、「それを生暖かく見守る」のが^^高次ガイドかなと思います。基本スタンスは、三次元のこっち側の現実で展開されている、その人にとっての苦境であろうと、幸福であろうと、本人が好んでそうしていることに対して、とくに口出ししない、強制しないのが、高次ガイドですから。「気づき」は促すけれど、なにするのも生きている人間の自由なので)

そういう感じのものが、魔境なのかなぁ? とも思われますけれど、あくまで、そういった多次元的存在と接触することで、本人の現実の状態がどのようなものになっていってるか? というところに、繋がっているところが魔境なのかどうか、のちのちにきっと顕れてくるものなんじゃないのかな、と思いますね。
長くそういったよろしからぬ多次元存在と関わるようになれば、きっと、何かが変わっていくはずでしょうから。
なので、いつま~でも、多次元存在と繋がっていることは繋がっていながら、「現実のほうはいたってつまらない」というか、厭世観が募っていくような、より、この世で浮いた人になるだけだったり、より、理解者が減少していくような、つまり、あんまりいい方向にいっていないことが、そこで客観的に見て確実に見て取れるようであれば、そういうものと、「ぁあんで、繋がっている必要があるのか?」な話なわけなのですが、本人がそこで、これが自分にとっての真実!! って追い込まれていますとね、まぁ、なかなか自らそう思えなかったりするんでないかな、と。

あと、宗教立ち上げていたり(笑)それで商売していたら、きっと戻るに戻れないところありますよね。
こういうのは、「最初は」たぶん、わりとまともな繋がりだったのかもしれないんですけれど、途中で、変わっちゃうこともなんかありそうですよね。
人間側に欲出てくると、そんな風に、いつのまにか違うものにシフトしていることに全然気付かず突っ走っていっちゃう、みたいなこともあるんだろうな、と思います。

エア天使、エア神様、エア聖者、の「なったつもり」に^^させてくれる、ということは、たぶんきっと心地よい感覚があると思います。
私なんかも、とくにそういう存在に接触したことはありませんでした頃なんかは、やっぱり一時期、そんなふうな「エア特別な存在」みたいなものを(笑)がっつり認識してみたいもんだよな~という、自分もスピ方面に関わって生計立てているだけに(笑)思わないこともありませんでした。

だけどそれっぽい^^感じに実際に接触してみると(正確には「これは接触してるよ~~~うっそぉおお~~~」のような感じ)私が思っていたような、「そういうのが見えたりメッセージもらえたりするのは利用価値のあること」のような(笑)なんていうんでしょうか^^自分のなにか「スキルを底上げ」に利用させていただきましょう! だとか(笑)そういうの、まったく出てこないんですよね。いやほんとに。

「今日の高次メッセージ」とかね(笑)。

あたしの駄文よりも(笑)本当はそういうほうが、うっとりしてもらえそうな気もするんですが。
そして、なんだか「波動の高いブログ」と(笑)思ってもらえそうな^^気もするんですが。

なんで出てこないのかというと、なんでなんだろう。
まぁ、これは私に限っての話ですが、「なんかそっちのほうが大変そう」っていうことが(笑)わかるからです。
人様の、高次ガイドさんのリーディングをさせていただくようになってから、ますます思います。

きっと、慈愛と使命感に満ち満ちた方であるなら、もう、まっすます、透視能力にさらに磨きをかけて、「あなたの持っているあなたを停滞させるブロック、それを取り除きましょう! こちらでわかんないところひとつもありませんから! まかせて!!」とか宣伝したり、自信マンマンで、邁進するサイキッカー、霊能者、なんでも呼び名はいいですが、そうなりたい!! 人々を救いたい!! ってワクワクするんだろうな~と想像できるのですが。

私にももちろん、悩みのある人々のお役に立てれば、みたいな気持ちないわけではありませんよ(笑)。
だから、こんな仕事やっているのでしょうから。
(ただ私の場合は、元祖は「石のすごさを知ってほしいんだよね」から始まってるところがあるので)

この先私に、そういう、自分が自分を観て、本当に掛け値なしに、「なんだか大変そう < 私が手伝います! それが私の最大の喜び!! ジョイ!!」感覚が(笑)本心から出てくる日がやってきたら(笑)きっと、大々的に、宣伝します。
やる気満々で、「石アクセサリはおまけ」で(笑)「リーディングがメインだろう、ごるぁああ!!」的に、そっちがメイン化するのかもしれません(いや、それはないな)。
わりとリーディング系、占い系メインのお仕事のみなさんは、石アクセは便乗ツール化しやすい物質なんで、そんな感じで販売されておられるところありますよね。

でも私は、占いメインではなく「石アクセサリがメイン」がお仕事なので。
石のちからでみなさんを高次ロードへ繋がっていってもらえるように、サポートします。

パワーストーンワークスの石アクセサリも、延べ人数計算で数えると。
今までの11年で、4、5千名様くらいに、お届けしていることになりますから(笑。ちょっと数えられないんですよね。うちはリピーターさんが多いですので。なの述べとはちょっと違いまして。今度ざっくり数えよう)。

そういう私なので。
みなさんが、自分自身で高次ガイドと接触できていたり、メディテーションで高次ケア受けることができていたり、それが実感できることっていうのは、やっぱこりゃ、ありだよな、って思います。

メディテーションは、いと楽し、なので、オススメします。

どうやってやるかは、みなさんそれぞれ、好みのところで、見つけてください(←無責任)。
ネット上なんかでも、親切丁寧に、メディテーションのしかた教えてくれているところとかありますし。
本なんかもありますし。
そういうワークショップなんかも、きっといっぱいありますし。

つまりやはり、私がオススメしたいのは、「自分を救うのは自分ですよ」路線、なのだろうと思います(笑)。

石選びも、ほんっとうに、ご自身が選ぶ、これほんと、基本中の基本。
いいんですよ、欲ボケで間違おうと、依存心で間違おうと。
人間、間違うことだって、大事なの。ステップなの。
それやってると、いざね、「間違わなかった時」の感覚、それが高次ガイダンス、っていう「ツボ」もわかってくると思う。

ということで、話逸れましたが、
そ~~~~んなメディテーションのためのツールとして、やっぱりどうにもオススメしたいのは。

石です。ストーンです。ここへ戻ります。

石あり、石なし、じゃ、もう段違いです。

瞑想上手になれます。

ヘミシンクなんかの知覚力も助けますし。
五感領域以上の感覚器官を研ぎ澄ますヘルプをしますんで、上達早くなると思いますよ。

そういった知覚力とかは別としてもね、ケアされている感覚とか、石のエネルギーそのものにも敏感になれますので。

「高次と繋がるよ」みたいなことが謳われているハイバイブレーションストーンは、よりベターなところはありますが。
(アゼツライトはやっぱりオススメ。基本の基本、という感じがするというか、まちがいがない。)

そういう石でなくても、貴方様にひたすら幸福感を与える石であるなら、それが「高次と繋げてくれる」石でもあります。

うでわとして身につけているだけでもいいですが(笑)

そのうでわ使って、メディテーション、真似事でも構いませんので、してみてね。





この記事のシェア&ツイートfacebookでシェアTweetする

カテゴリ :  ちょっとスピリチュアルな話
follow links FB pageGoogle+Go to top of page ページの上へ移動

失業から、運が良くなる、仕組み

2017年04月14日 (金) 00 : 00


2009年3月9日、8年前に、私が書いていた記事の、再掲載になります。

これがちょうど、その昔、私が「派遣切り」で、いわば無職決定になった頃(笑)で、これからしばらくは、なんとかこの石アクセサリづくり一本で生きていけるかな? 先はまったくわかんないけれど、やるしかないよな~、みたいになっていた頃ですね。

今とは、ずいぶん、文体が違っていますね!! 
昔はけっこう、「格好つけてた」んだな(笑)って感じがします。

なんか、随分とわかったふうなことを(笑)言ってたんですね~。けっこう恥ずかしい^^。

が、言ってる内容じたいは、それほどおかしなことでもありませんので。
昨日の記事、「責任を負うのが怖い」に続けての、「私はこうでした」としか言えない話ですが。

見えない世界の仕組みのようなものが、これで伝わるのではないかな、ということで。再掲載させていただきますね。

カルマ云々、言ってますが、これはイコール、「自分が囚われているもの、手放すべきもの」のことですかね。
そして、おそらく、「経験することになっていた手放す機会」であり、苦境への対処法への気づき、それが高次ガイダンスの一側面です。

こういうことを私は、ひとりではできませんでしたから。

すべて、石たちと、二人三脚で、石に助けてもらって。やってました。

まぁ、三次元的には、「石なんかに頼る、哀れなイタイ人(笑)」にも^^観えたことでしょう。
でもそんな「石が好きじゃない人たちの言うこと」なんて、実際、どうでもよいことです。

こういったものが、自分から祓われて、解放されて、身軽になっていけばいくほど、高次ガイダンスというのは、「苦境対策」というよりは、どんどん、「アバンダンス対策」へとシフトしていきますので。
(三次元世界では、「乗り越える」っていう言い方なのかな。だからやっぱりね、「自分が持ってしまっている囚われ」から逃げ続けることは^^できないのよね。)

こういった苦境に直面している場合は。
しっかり、その囚われに向き合い、手放すことをしてください。
その本人みずからの決意と行動、その過程抜きに、アバンダンス対策へとひとっ飛びはありませんから。

失業などに限らず。
失恋もそうですし、望まぬ失敗や、対人関係においての決裂など。
「なんで自分がこんな目に」の只中におられるような方がいらっしゃれば。

目の前の苦境というのは、高次が与えてくれている、「自分が自分らしく生きていける方向性を見出だせる」機会の訪れでもあり、自分の世界を変えるハイジャンプ、大きな変容を遂げるチャンスなのだということが、おわかりいただけると思います。


(以下、2009年3月9日記事)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

先般の、「職が決まる石組み」の記事の反響がすごくて、なんか、ビックリ・・・というか、改めてですが、認識をあらたにしているところ。
ニュースなどマスコミで、「派遣切り」というキャッチフレーズを作っていただいているおかげ? で、派遣の契約満了による失業については、みなさんの知るところなのかもしれないんだけど、今や、「正社員であっても」あんまり関係ない事態は、進行中なんだな~、と。

加速していますね。
日々、なんというのだろう、一度ほころび始めたセーターがどんどんほつれてゆくみたいな、土台が揺らぐ建物が、臨界点で大地震が来て、一気に倒壊するような、そういう感じなのかな。
だから、こりゃ、誰にとっても「明日は我身」かもしれませんね。
現在まではだましだまし持ち堪えてはいるけれど、直感的に「この業界は、もうだめかもな・・・」的な業界であれば、来年はもう日が差さないかもですね。

ところで、その先般の記事の最後のほうに書いた、
「基本的に、今までの経験則では、自分から我慢できずに中途半端にシゴトを放り出し、会社などを辞めたりしている時は、その後ひっっじょうに苦労するケースが続くのですが、今回のように「不可抗力」で、自分からは、放り出す気持ちがなかったのに、そのシゴトを継続できない事態が発生して、やめざるを得ないケースの場合、自分にとっては、それが転機で「大いなる恵み」となっているパターンが多いです。」

・・・なんですが、今日ね、石アクセを作っていて、ぱっとその「理由」が、「あ、そうか~」と閃いたんだけど^^。

失業、と書いて、「業を失う」ですよね。
これは、カルマ(業)をいっきに清算している、恩寵なんですな^^。
但し自分から、「もういやだ、我慢できない!」と、自分の限界を自ら決めつけ、逃げ出した場合には、そりゃまぁ、苦労して当たり前というか、また「似たような苦労」(この場合、前より悪くなっちょる・・・)に遭遇してもしょうがないんですよね。
自分の都合で、自分のカルマは、帳消しにはできないということです。

しかし、不可抗力の失業の場合。
これは、少し荒療治に見えますけれど、間違いなく、「あなたのカルマ(業)は、ここではもう払う必要ないから、さ、好きなように行って、花を咲かしてこい」という、見えざる手の、指針なのだと思う。
(これは、「病気で、そのシゴトが続けられなくなった」というようなケースも、そうだと思います。
病気になる、ということは、カラダが「もうそれはしなくていいことなんだよ」って、正直に教えてくれていること。だから、その病気になって教えてくれている、自分のカラダへの感謝なのです。もっと、自分を活かせる道が他にあることを、魂が告げるために、カラダが病気となってくれている・・・病気になることって、「気づき」への近道ですから。そうなる前に気付くに越したことはないのですが、そこを越えてどうしても魂が気づきを得ようがなさそうな場合に、生まれるサインなのだと思います)

だから、これは、自分の場合に限っての話なのですが、いつも必ずこの手の失業の場合には、「前より良くなっている」ケースが多かったんだろう・・・ と気付いたのです。

でもこれには、ひっかけがあって、その荒療治が、大いなる恵みとは気付かずに、あらたなるカルマを積む人もいる。
週刊誌の記事で読んだんだけど、この大量失業で最初に話題になった業態で派遣やっていた方の話で。
「引継する正社員に、嘘の作業工程を、教えてきた」などと、いわゆる、「この恨みはらさでおくべきか」行為に及んでしまっていたりする人もいる。

近視眼的に見れば、確かに、職を失うことは、明日の生き死にに関わってくるオオゴトで、その精神的ストレスは、これは、失っていない人には、とうてい理解しようのない困難なので。
しかし、だからといって、「逆恨み」はならんのである。
これでは、せっかく、「大恩寵」で、業をいっきに払うことができたというのに、逆戻りだと思う。

なんで自分がこんな目に・・・ と、過去を憂うのではなく、
ひたすら、「すがすがしい気持ち」で、前を向いて、探し求めれば、必ず出会うべき「道」は用意されているというのに、ニンゲンは弱い生き物。なかなか、それが、できない。

で、自分の場合は、過去の記事にもあるけれど、
そういった時、本当に、たまたま手にしていた石、っていうのが、都度、ある。

ずぅっとあとになって、もう、何年もあとになって、「そうか、そうだったのか。だから、自分は、あの石を買わされていたんだ。」と、気が付いた。
石のことが分かるようになってから、自分が好きで手にしてきた石たちが、いかに、その時の自分が、プラスに動いていくためにはたらいてくれていたか・・・ 後から検証してみたら、「好きな石を手に入れる」という、何気ない行動の意味の凄さ、いわゆる、「なんとなく」の直感力による行為の凄さに、気が付いた。

通常なら、自分をクビにしたその現場に、恨みのひとつでも持ちそうなものなんだけど、そういう気持ちが湧いてこない。
全然、「自己卑下」にも、気持ちが走らない。なんだか、それよりも、本当に困っているはずなのに、ワクワクしていたり。

私は、昔、初めての「営業」を経験した時に、三ヶ月で結果が出せずクビになったんだけど^^、普通なら、それを「経験者」としては捉えられないはずなんだけど(だって、クビになってるんだから、はっきり言って、履歴書的には説明の付かないマイナスなのだ)「せっかく、憶えたのにな~。金融の仕組み。もっとやりたかったんだけどな。」ってなことで、そこよりももっと大きな大企業が募集していた新規事業の不動産ファンドの営業職に応募して、なぜか、採用になった。(そして私がクビになった会社は、確かその三ヶ月後くらいに、警察が入り、会社をたたむことに。詐欺会社だったのである。なので、「結果を出せなくて」良かったのです。悪事の片棒を担ぐことにならずに、辞めさせてもらっていて、本当に良かった・・・ってこと)
この話は、過去記事のどっかにありますんで^^、探してみてください。
「営業職の石」とか、そんなんに、あったかな?

これは、諸説あるけれど、結局、最終的には自分の行動は自分が決定していくものなので、必ずしも、「この石があるから、絶対に大丈夫」ということではない。

どんな石を手に入れようと、自己保身ばかりを優先させるような、繁栄というものは、天意に沿わないものなので、で、石というのは、「天意に沿った生き方(生き物ではありませんが^^)、チカラの発揮のしかた」を好む傾向にあるため、石が指南する、サポート内容というのは、たとえ同じ石を持っても、人によって変わってくる面はある。
霊的に課題が、ひとりひとり違っているんだから、まぁ、当たり前かとは思う。

それにしても、
人生における、こういう「荒療治」を経験する人が、これだけの数に上ってきている現在というのは、間違いなく、やはりアセンションなのかどうかはわかりませんが、これからやってくるであろう、大きなパラダイム・シフト、岩戸びらきが、いよいよ迫ってきている・・・ということの証でもあるんじゃないかしら、と感じます。

現在失業者となっているみなさん!! そして、これから失業予定のみなさん(自分も♪)!!
ほんと、自分も含め^^の話ですが、あやしいスピリチュアル世界の話じゃありませんがね、
この、目の前に立ちふさがる、「お先真っ暗」感覚は、逆に、どちらかというと、「一足お先に♪」の恩寵かもしれませんよ!!

自分がこの世に生まれ出てきたのは、なんのためであったか・・・。
そして、なにをしていこうとしていたのか・・・。
スピ世界では、よく取り上げられる話題で、これを知りたがる人は多いです。

しかし、「知る」だけじゃ、ダメです。
自分が過去世で何してきたとか、この、今回の生でのブループリントをいくら知ったところで、それをやっていかなければ、そして、しっかり「やりたいことのために、努力、苦労」してこそ、「血となり、肉となる」のが、本筋でしょう。

この時間が加速する時代に、まっさらとなれたことに感謝し、次なる行動、指針を、どんどん自己決定決めていきましょう。

てなわけで、
「職が決まる石組み」=「その場をしのぐ」的な、後ろ向きなものではなく、大いなる自己への目覚め、とでもいうんですかね。
もちろん、一パターンではないと思います。

というか、なにも、私がいうその石組みが、職が決まるための石組み、と限定されるものではなく、なによりも、石を選ぶ御本人が、「なんとなくこれを見ていると、元気になる」とか、「よく分からないけれど、これが、すっごく綺麗に見えて、欲しいと思った」とか、そういう「他意のなさ」から望むものに、秘訣はあると思います。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(以上、2009年3月9日記事)


あの失業から8年経過後に、こんな最強豪華石カップリングを^^作らせてもらえることになっていたとは。という意味で^^お写真掲載させていただいております。

強力なアセンションストーンたちのカップリング「ヘルデライト・コラボレーション」です。高次の導きににあなたをつなげます(笑)。まぁ、なくてもつながれますけれどね(笑)。でもあったほうが加速するのは実際のところ。パワーストーンワークスのお店で販売中です。

私は、その昔むっちゃ恵まれ街道からご神託を受けてこの道に・・・のようなわけでもなく^^。
ほんと、貯金などの支度金準備金もなく、それまでなにかで築いた財産もキャリアもなく。
「ゼロ」から始めたぽっと出の石アクセサリ屋でしたのよ。
将来この仕事で食べていきたい、ということが目標ではありませんでしたが、「ずっとずっと石に関わるこの仕事を続けられる自分でありたい」と思っていました。

だからといって、これを続けられるにはどうすればいいか、という戦略を立てていたわけでもなく。
頭の中を占めていることはいつも、とにかく大好きな石たちのことばかり(笑)。
好きだからどうしても考えちゃうのよ。どうしても欲しくて仕入れしたいわけ(笑)。
みなさんも、そうでしょう? 誰かに恋すればその人のことばっかり考えるじゃないですか。そこにエネルギー費やすじゃないですか。

その結果、時を経て、これが本業で食べさせてもらえる仕事になっている今現在です。
だからいつも言ってるの。
私のようなものにもできたのですから。
現実世界を真摯に真面目に生きようとするがゆえに苦しんでおられるような、そういうピュアな貴方様であるなら。
「あなたにも、それが本当に心からそうしたいことであるなら、実現できるんだってば」ということを。


この記事のシェア&ツイートfacebookでシェアTweetする

カテゴリ :  ちょっとスピリチュアルな話
follow links FB pageGoogle+Go to top of page ページの上へ移動

責任を負うのが怖い

2017年04月13日 (木) 01 : 01


今日も駄文です(笑)。
コンセプトのない、芯のなさが売りの^^駄文ブログ。

お客様からいただいたメールで。
昨日の記事でね、「勘だよ、勘」みたいな部分について。

> 勘に従うというのが勇気がいることなのよねと思い。
> 結局は勘で決めたとき、そのあと不都合なことがあると
> その責任を負うのが怖いからなんだという気持ちがあることに気づき。

といった内容いただいて。

それに向けての、私のご返信内容が以下ですが。
あくまでも、「私はこうでした」としか、お伝えできないことなのですが。

(メール転載ここから)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

責任を負うのが怖い。

これは、本当にありますよね。
とくに、いいオトナになると、自分ひとりのことではなくなっておられる方が、ほとんどですから。
むしろ、責任、的なことを考えて当然かなと思います。

自分は、今の仕事で、この部分だけは「なにがなんでもそうしなくては」と決めていた部分がありまして。

これをやっていくことで、ジリ貧にならない、うちの生計を明らかに圧迫しない、という状態であること。
これだけは、決めていました。
儲からなくてもいいから、家計からの持ち出しがない、自転車操業で、石の会計は、石の会計だけで成り立つこと。
ライフワークでずっとやっていきたいので、これを維持できるなら、っていうことだけが、当初の願いっちゃ願いでしたね。

とくにこれを本業にしたい、という目標なんかがあったわけでもなく、成り行きでそうなっただけですし。
派遣切りで^^生活のための仕事であった営業マンをクビになりましたんで(笑)。

ただそのクビのタイミングの頃には、貧乏で贅沢はできずとも、なんとか、もしかしたら家賃もろもろ払うべきもの払って一家が生活していくことは、この仕事だけでも、もしかしたらなんとかぎりぎりいけるかな、状態でしたので。

で、おかげさまで売れていましたのと、そもそももう、二足わらじで外仕事と両立することじたいが、ちょっと体力的に限界かな…という状態でもありましたので。
これ一本、というのでも、しばらくはなんとかいけるかな~、まぁ、一年くらいはなんとかなるかな、みたいな(笑)。
皆目、先のこと将来のことなどまるで考えず^^の話で、それより、これで365日まるまる石アクセサリが作れる!!! 自分の時間がぜんぶそれになる!!!
という^^ものすごい嬉しさから^^本業にシフトしちゃったんですよね(笑)。
完全に、ノリです(笑)。
そのノリから、6年? 7年? くらい経っているような。いや、計算したら、8年ですね。

一本になった当時は。だから、もし、先々、そうやっていって。
もし、ジリ貧になっていくようであれば、仮にどれだけ自分がやりたい仕事であろうと、間違った選択を自分はしているんだな、という証なので。
先々にももし、そういう風になっていくようであれば、潔く手放そうと思っていました。
で、年齢的には相当厳しいでしょうけれど、また外に出て職を選ばず働くつもりでしたし、それこそその段になったら、自分の負け戦を認めて、底辺を生きていこうと思ってはいました(笑)。

…って言ってますが^^、たまたま、ありがたいことに、今のところそうなってはおりませんので(笑)。
本心では、そうならないように、日々、がんばらなきゃな~、みなさんのお役に立てるような石アクセサリご用意していくことに邁進しよう、って思っています。

この流れの中で、私は、100%ではありませんが、9割くらいは、「天まかせ」でしたよ。
自分の力ではない、っていうことを^^知るためにやってきていたと思います。

これは無論私だけではなく。
生きてる人間、実は、みなさん全員、そうなのですよ。
過不足なく、与えられて、それぞれの持ち分で、生かされております。

ちゃんと明日の身のふりの心配なく、人生が成り立っている方は、基本、それほど高次ガイダンスから大きくそれていることはないと思います^^。

ブログを始めて、12年くらいやってますけれど、いちども安泰、みたいなふうに思えたことはなかったですが、ようやく、「来年はちゃんと家賃が払えて生きてるのかな」みたいな^^ことは、思わなくなってきました。(小心者ですから、もともとが)

責任なんて、実際には、誰にもとれないです。

これは、死ぬまで実際にはそれで良かったのか? は、わからないような気もします^^。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(メール転載ここまで)


実は私は、責任は、高次が取ってくれる、って思っています(笑)。
そのくらい、「宇宙に丸投げ」です。

但しそれは、こちらが、「自分の欲得、身の程知らずな欲望目的」に走らずに、且つ、「怖いけど、こうしてみるのがいいんじゃないか」とうっすら気付いている、そのように促されている、と感じる、未知のステップが目の前に出てきた時に、「えいっ」と思い切って、そこに踏み込む、ということを、厭わずやれていれば。の話だと思います。

ここに、常識の概念、的なものや、自分の保身や、見栄や他者との比較、前例のなさなどの消極的理由や、楽な無難なほうへ安易に流される、多勢の意見に流される、などなどの、それていく方向性を選択する心弱さなんかもブレンドされていることもあれば、それはまぁ、スンナリいくことはないと思われます。私自身、常に常に、こういったいわゆるこっちでの「囚われ」抜きに、高次ガイダンス路線を邁進できているのか? とも言えません。やっぱり、ありますよ。人間ですもの(笑)。

ですが、どういう生き方を望み選ぼうと、そもそも、誰も、それがその人にとっての「安泰の保証」「うまくいく道の保証」は、見えるかたちではしてくれませんよね。
自分にも、本当にそれで正解なのか、は、やってみなければ、いつまでもわかりません。
だから結局、最後は「勘」「自分のハートの声」「ハートが納得する感じ」というところに^^戻っていってしまうのです。

この繰り返しですよね。

まぁ、

スピ系の人の言うことなんて、無責任よね~~~、保証ないもんね~~~。

というのが、三次元の現実世界での常識だと思います(笑)。

なので、高次ガイダンス路線というものを走っているつもりのスピ系の人ほど、実際には「ゆる~~~く、なんかうまくやっていけてるっぽくね?」みたいなものを、現実世界において、みなさんにお見せできるのが、その「証拠固め」みたいな役割もあるかと思います。

そういう意味でも^^「おいら、ジリ貧になるわけにいかんのだよな」という、この仕事を初めた当初はそれほど感じることもありませんでした「責任」のようなものが、よもや^^生まれようとは、という感じ。
そこに、はた、と気付いてもおります(笑)。

いやそれもやっぱり、丸投げするけど(笑)。
おまえごときに、そんな必要ね~よ、ってことであれば、それは私の自己かいかぶり、っていうことで、のちのち、結論が、私の人生に顕れてくるでしょうから。




この記事のシェア&ツイートfacebookでシェアTweetする

カテゴリ :  ちょっとスピリチュアルな話
follow links FB pageGoogle+Go to top of page ページの上へ移動

ページの上へ移動
Go to top of page