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スピリチュアルとお金

2018年02月11日 (日) 22 : 33


なんかここのところ立て続けに、こういうお金がお題のスピメルマガが(笑)やたらに来るな~という感じでした。
ということで、私もまたこの「お金」についての考察を記事にしてみようと思いました。
(「スピリチュアルは金なのか?」と、「カネカネうるさいな~」という、「お金について語るのは恥ずかしい品のないこと」というブロックもある人にはあると思いますが、「嫌悪感を感じること」というのはたいていその人のブロックではあります。でも、持ってていいブロックっていうのもあるので、それがイケナイことってわけではないのよ。ただお金に関してはこのブロックがあると邪魔は邪魔です)

スピとお金はけっこう以前から、かかわりが深いテーマのようで、「アバンダンスを手に入れるメソッド」だとか「財布」とか(笑)、私が関わる天然石分野も、昔からそういう「金運」「財産運」的なものに関わる石があるよん♪ という観方もされていますし、実際にまぁ、まったく無関係でもないと思います。

石でしたらやっぱり有名どころは金ルチですが、シトリンやゴールデンカルサイト、アンバーなど、イエローゴールド系のストーンもよく金運石として言われます。
シトリンは昨日の記事でも言ってましたが「セルフイメージを上げる」「循環を生み出す」エネルギーを持った石。太陽神経叢を活性化する石ですからそうですね。
そういう部分が、「自信」に繋がり、この世的にはそれが「仕事」などのパフォーマンスへと繋がっていくことが多いので、金運石とも言えるのだと思います。

でも、同じ石を持っても、それが劇的に金運に繋がっていく実感のある人と、そうでもない人と、いらっしゃると思います。

この違いは何なのか? 
それをひと言で説明するのは難しいですが、各々の「お金の過多の重要度合い」の違いや、「お金に対して持っているイメージ(囚われ)」の違い、そして、その人その人自身の「星の下」という役割の違い、色々な要素の違いがあるので、なんとも言えないところもあるのですが。


たとえば、以下のような話は、ほうぼうでも聞くでしょ?

「お金そのものはただの紙。お金じたいには価値はなく等価交換のための”手段”なのだから、使うことで活かされる、価値を持つもの。」
「お金はエネルギー。エネルギーは使って活きるもの。エネルギーを溜め込めば澱み停滞していく」とか(これは「水」にもよく例えられますね)。

この「使うから入る、循環が起きていく」のは真実だな~と個人的には思いますけれど。
ただこれは、私にとってはそう感じられます、という真実です。

仮にそこに「拡大」を望む場合には、それが適用される”人種”そうあるべき”星の下”であることも大きいのかな、とも感じるところもありますね。

それから、「固定給」の人がこの感じでお金を使う場合、それはもちろんエネルギー循環に貢献することになるので、「その固定給が継続して無事入る流れに乗っていくこと」に寄与するのかな、という感じ。

なので、そういった「固定給(主に会社員等)」の人が、これを実感するシチュエーションに出くわすことじたいがあんまりないから(それをこの世的には「波風立たない」「安定、安心」的に表現します。公務員とか、一応もう何年何十年スパンが読めている人々でしょ。その保証はないはずなんだけど、「それが自分で読めていることが信じられている人々」というのかしら。)そういう人々がその手の金運石を持って、「金運、激変!!」なんて(笑)、あんまりないはずですよ。

ただ、そういう人々はそういう人々で、その安定職を何十年単位で続けていこうとするには、金運だけじゃない他の要素が必要になってきますよね。(金運じゃない他の要素が必要なのは、自営も(笑)もちろん同じですが)
健康もそうだけど、それこそ、「人間関係」ですとか。「仕事ができるできない」以前に、そういう「日々のコネクション」が、運命の流れを変えていってしまいます。
また、滅多に、自分がいる環境そのものが変わるわけではないから、周辺含めたその人自身が、「変容を拒む体質=澱み」を生みやすい状態でもあるから、「同じことのルーティーン」のようで、実際にはそうではないのですよね。


私がこれからする話は、自分が自分の仕事で稼ぐ人向け、と言えるかもしれませんが、広義の意味で言えば、固定給の人も、それからとくに仕事をして金銭を稼ぐということをしていない人であっても、結局同じかと。
私自身、自分が自分が変わったな~と自分で思う点について、そして、「こういう感じになってから、流れが変わったんだよね」という部分についてのお話です。

「お金を苦労の賜物にしないこと」

これ、ほんとうにそうなのです。
小さい頃から親や周囲から「お金を稼ぐというのは大変なことなんだ」という刷り込み教育を受けて育ってきたり(けっこう多いんじゃないでしょうかね)何かと、言われますよね。
「仕事が大変」っぽい意識も、そこにお金が絡むから、という理由が強くないでしょうか。
だから、「自分の好きなことは仕事にしたくない=お金が絡むから大変=好きなことで嫌な思いをしたくない」という思考回路になっている人も、けっこういらっしゃいますよね。

お金に対して、もう何重にも色眼鏡かけた状態で、接しているんです。

この「大変」「難しい」意識が、潜在意識の奥深くに鎮座している状態では。
表面上、そうか、これは確かに刷り込みだ…ということを、知識として知っても、「大変で、難しいから、自分には入ってこない。入ってくるためには、努力や苦労が必要」という前提で、無意識に思考形態が出来上がっているので、それが言葉遣いもそうですが、日々の行動を決めていきます。
そして、現実の実際価値以上に「お金そのものに価値を過大に置いている」ため、それを使ってしまうこと、目減りしていくことへの恐怖感、喪失感、罪悪感があります。

無意識なので。それが本人にとって、あまりに馴染んだ、自然なことなので。
これを変えるのって、頭で理解しただけでは、たしかに「カンタン」には変わらないです。

でも。変えられますよ。
行動、習慣を変えることで、本当に変えられます。

他ならぬ、私自身、昔はほんとうにそうでしたから。
お金を稼ぐのは難しい。仕事は大変。そう思って生きてきた期間のほうが、ずっと長かったのですから。

この仕事を始めてから、年々年々…徐々に徐々に。その意識の割合が少なくなっていき。今現在は「お金のことを考えない」状態でいる時間のほうが、ずっと長いです。
仕事のことは考えますけど(笑)でもそこにも「お金を稼ぐのは大変、難しい」の意識はありません。そことはリンクしなくなりました。

以前は、「仕入れ」の時、やっぱり、常に、石のことを考える、それはイコール、石を仕入れるお金が必要、に直結していますので、ほんっと、たぶん普通の人以上にお金のことを毎日毎日考えてましたよ(笑)。

ただそれは、「なくて困る」から考えていたわけではなく、「いくらあればいいのか」の、まだ見ぬお金についてばかりでした。

私は日記を書く習慣がある人間ですが、昔のこの仕事を始めてから何年間の日記は、凄いです(笑)。
石のこと、アセンションのこと、スピリチュアルなことも^^もちろん書かれてるんだけど、日々、売上のこと、仕入れの資金のこと、その繰り返し。
何の石がいくらした…稼げど稼げど売れても売れても全部石、みたいな^^そんなことばっかり書いてましたよ。
欲しいから必要だから仕入れるんだけど(笑)本当に、絵に書いたように、右から左、入っては出ていく、けれど、入るから買える、入るから買える…の繰り返しのあいだに、その単位、規模がどんどん大きく右肩上がりになっていったのです。

毎月毎月、自転車操業でしたので、「石でいただいたお金は石に使う」ことをひたすら何年も何年も繰り返しました。
そして、毎月毎月、「いくら必要」ばっかり思っていました。

持っている金銭以上のものは買えませんから、そういう部分が「自分のレベル」を決めていきます。
昔の二足わらじだった頃は、「仕入れ予算=売上すべて」でしたから(笑)売上は全部次の石ビーズの仕入れに使っていました。
毎月会社員の仕事でいただく月給よりも、毎月毎月だんだんに石の仕入れに使うお金のほうが多くなっていくのが、ものすごく快感(笑)でした。
(これね、普通の感覚の人でしたら、「稼いだお金を貯めよう」へ走ってしまうと思うんですよね。もしくは、石の価値を知らない家族などがストップをかけるとか(笑)。金でとっておけ、と。私の場合は、そういう点での対策も万全でしたのよ。家計のほうはきっちり家計のための仕事でぎりぎりいける、もちろんそこは抜かない。だから、石のお金は石に使うのだ~♪ 文句あるか~?! 状態を、自己責任で(笑)貫いていました)


もちろんですが、ふだんの石アクセサリ制作タイムや、メディテーションタイムには^^そんなこと思っていないですよ(笑)。
私がお金のことを考えるのは、ほぼ日記で、常にそれは書き出していましたが、そこで自分の「本心」をいつも書いては見つけ、書いては見つけ、しておりました。

それが、私を変えたのです。

私は、お金がなくて困る、という思考をする必要がなくなりました。
その代わりに、「いくら必要」ということだけを、お金に関しては、考えるようになりました。

その「いくらあればいいのか」、この思考になってから、つまりアファメーションですが、これはほとんど狂いなく実現してきています。(前にも記事にしていますよね)

で、今はもう、それすらもしていないです。
たぶんようやく「必要だから用意されるのだ」の宇宙のギフトの意味が「アタマの世界だけではなく身についてきたから」なのだろうと思います。

見ようによっては、ただの「いきあたりばったり」ですが、そうなんです、それなんです。
自分の意識としては、目の前のやるべきことだけをやって、あとはいつも結果を「天に宇宙に丸投げ」しているのです。

やることやって、天に丸投げ。
だから、ちゃんと、やるべきことやると決めたことはやりますよ。ただこれも、直感が優先するところがあるので、「決めたからやる」に固執しているというわけではありません。だから矛盾するようだけど、やる、って言っててやらない、に変更することもあります。いい意味で、臨機応変とも言えますけれど、やるべき(もしくはやらないべき)とわかっていて、それでも「これをしなかったから失敗しちゃった」というのは、なるべく経験したくないですからね。


こういう話を聞くと、
じゃあソレすぐにやります!!…ってなりますよね。
もしくは、「そんなことできない」と反応するか。

なんか、そういう手合いの本とかも多いし。宇宙にリクエスト(笑)的な。アファメーションなんかもそうですよね。
そしてそういう本には必ず、「あなたの思考が、口癖が、そういう現実を引き寄せているだけ」的なことは書かれていますよね。

でもいくらリクエストしてもアファメーションしても。「お金がない」の口癖もやめてみたのに。思考も変えているつもりなのに。
それでも金銭に関しては、アファメーションや口癖を変えただけで現実が変わった、って人はやっぱり少ないのではないかしら。
たしかにそれだけじゃ無理ですよ。行動も変えないと。

アファメーションが叶わないのはよく「本心でそう思っていないから」とも言われますし。
それから、「行動する気がないのに願っている」場合、そこに本人の葛藤が必ずあります。
そういう願いはお金に限らずですが、成就しづらいですが、それでも、実際行動をしているうちに変化はあります。

実際行動、そこに葛藤があっても、それでも、とりあえず行動する、自分から行動を起こす…これを積極性というのだろうか? そんなようなものが必要です。
「自分から動き出す」この動力が、必要…です。経験上。

こういうことを、石が助けてくれる^^わけなのですよ。
自分が何もしなくても、石を持ってみたら、その石が奇想天外な夢を実現する…ということではなく(一見、そのレベルのことが起きなくもない場合もあるのですが、必ずそこに至るための何らかの行動を本人がしていますからね)。

実際に、本当に現実創造したいのか、したくないのか。これが「意図」というものです。
あなたが、現実を創造している、と言われる世界は、これなのです。
リアリティのない妄想、夢想じゃダメなのです。シミュレーションはシミュレーションでしかありませんので。
そして、ここがやっぱりどうにも肝だと思いますよ。


私のこのやりかたは、おそらく、サラリーマンの方のように固定給の方には、金運という点ではそのままでは通用しないと思われます。固定給なんだから、無理ですよね。
でもその場合も、「昇給」というものや、そのチャンスがあったりしますよね? まだ見ぬそれを引き寄せ現実化するには、「自分がなにをしたらそうなるか」「自分には何が必要か」という思考が必須ですから、私の「これを仕入れるからいくら必要、これをやるためには総額でいくら必要」みたいな念仏に(笑。こんなことも”ビジョン”といえるのかしら)通じないこともないかな、とは思います。

それと、このやりかたは、上述の「とりあえず金運というものが固定の要素」に感じられる、金運云々というよりは、「人間関係」「健康」などの要素が人生決めていく感覚の方であっても、基本は同じじゃないかと思います。

ざっくり、とてもシンプルに言うとですが、「不満、不足を言わない思考」になること。「自分にとって満足な状態を、問い続けること、それは何? 思考」であること。このふたつです。これが目の前の現実をつくっていくように思います。

直接的には、自営の方や、自分次第で、いかようにも展開できる仕事をなさっている方向けではありますが。
ご参考に(なるんだろうか^^)していただけましたら、と思います。




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自営に向く人

2018年02月09日 (金) 04 : 08

(お写真はゴールデンヘルデライト。文章とはあまり関係ありません)

まるの日さんブログを昨日まとめて読んでいたら、「ルリカさんに聞く」コーナーというのがあるのですけど(ルリカさんというのはまるの日さんのガイドさん)なにかご質問者の方が、「いっつもいっつもたくさん働かなきゃいけないブラック企業に就職になっちゃって、身体壊すメビウスの輪にハマっている」みたいな方の様子でして、で、それに対してのまるの日さん(ルリカさん)解答が「そういう人は自営やってみたら」というご進言。

やっぱりそうなんだ~。そうだよね~。
と感心していたところ。

これ、私もね、まさにそういう過酷労働ルーティーンにどはまりしている人に、「はやく自分で開業しなよ、そんな身体ぶっ壊しながら、重労働で働くことないよ、その程度の給料でいいんだったら、最初は時間かかるかもしれないけど、必ずあなたなら自分でやれば稼げるって」って言い続けていたケースがあって。

別に、だからって、そう言い続けた自分の直感が正しかったんだ、の証明にはならないけれど(笑)。
それに、実際に開業して自営初めたその人が軌道に乗るところまで実現しないと、その人が「自営向き」だったかどうかなんて実現しないことだから(笑)。

お客様にもお伝えしたことがありましたね。
「なさっている仕事が、独立して自営でできるタイプの仕事であるなら、自営を検討してみてはいかがでしょうか?」
というふうに。
それは、その方が悩んでいた、本人にとっての負担感のある過酷労働環境問題が、それですべてクリアできるから。でした。
そうしたら、その方の職場にもそういったフリーランスで同様の仕事を請け負っている人も大勢いる、そうでした。
つまり、本人がやろうと思えばできることなのでした。

その方は「フリーランス」と「自営」はベツモノだと思っていた(笑)そうでしたけれど^^。
ちょっと気になったのが、「フリーランスを選ぶ人は組織の中で強調できない人がやるものなのだろう」という凄い先入観をお持ちだったから、フリーランス=会社員になれない人=ちょっとわがままな人、というような色眼鏡もあったので、その後、どうされているのかはわからないのですけれど。
(つまり、過酷労働になりやすい人、というのは、もしかすると「周囲はやっているのだから周囲レベルに合わせなければいけない」とか「まわりの人々がやっていることを自分ができない、と言ってしまう事は、なんらかの脱落、欠陥のように考えている」という可能性もあります)

ちなみに「会社員になれる人=協調性のある人」というのも、これも人によりけりですし、「自営=わがまま」というのも^^とんでもない^^色眼鏡です。
自営になったから、ふりー!!わがまま放題!!…なんてこたぁないですから。
メリットとしては、「時間、場所の、他人に決められた拘束がない」という部分です。
でもこれだって、その人の仕事の質によります。
店舗経営でしたら決まった時間に店あけなきゃいけませんし、締切がある仕事なら、必ず納期に間に合わせなければいけませんし。
だからわがまま放題、怠けられるのがフリー!! って思っていて、独立したい!! 自由になりたい!! というのであれば、まぁ、やめたほうがいいです(笑)。

なにやるにしても、基本、「仕事がいやじゃない」これが、最低限もってないとまずいラインでしょうね。


こういうことを人に薦める時って、わりと勇気がいるもんなんですよ。
じゃあそれをやってみたけど、やっぱり無理。みたいなことになったとき、責任とれないじゃない。
代わりに仕事してあげられるでもない、責任も取れない。

私もそうわかりつつ、言ってみる相手には、言ってみることがあります。

ちなみに、「なんのスキルもない」人相手には、もちろんですが、そんなことは言いませんよ。
あなたならできる! っていう名セリフ、これで、人生を脇道へ反らせていく人もいます。
つまりできもしないことなのに、本当は「あ~たぶん、この人無理」なのわかっているのに、そんなムダな誘い文句で人生狂わせる手伝いはしたくはないですからね。

私はなので、「あなたならできる」に関しては、そこそこ厳選して言ってるつもりではあります。
で、自分が今、自分なりにですが「できる」ようになったので、「できる」人がわかるようになったのです。

でもたいていそういう人は、皆目、ご自身のことを、そのように考えておられません(笑)。

ちょっとこむずかしく考えすぎているんですよね。
どこかで働いて、労働の報酬として、決まった額の金銭を得るスタイルをやっぱり何十年単位で、それしか経験していないと、「自分でやる」ってどういうことかきっとぴんとこないんですよ。

でも、自分の身体という筆頭の資本を壊してそれを犠牲にしながら、それでも働けるガッツがあるならね、それが雇われ会社員じゃない「自分の仕事」になったらですよ、確実にそこまでの無理なエネルギー費やしてやってきたことよりも、遥かに少ないストレスで、高パフォーマンスな仕事ができるんですよ。

これはホントウ。
似たような境遇の人がいらっしゃったら、試してみてください。

そんなこと言われても、自分にはそういうスキルがない…自分にできることなんてない…って^^、いきなり、長年そうやって馬車馬のようにはたらいてきたキャリアが、雇われじゃなくなり給料が入ってこない世界になったら、いきなり「ゼロ」みたいに思える方もいらっしゃるかもしれませんが。

やってみたらね、「なんでもっと早くにやらなかったんだろう。なんで身体壊して働いてたんだろう。なんでその道(人に雇われてお給料もらう)しかないと自分は決めつけてたんだろう」ってことになると思いますよ。
そのくらい、ちゃんとハマりますから。
誰かにやらされるんじゃなくて、前向きに仕事ができる、仕事がしたい、ということの素晴らしさを経験できるよ。

やってきたことというのはですね、たしかに辞めた時はただの無職ですけど(笑)、必ず、「自分が能動的に動く仕事」になった時に、すべてそれら経験が活かされることになります。

人間卒業して無職になるのが「死」だと思うんですけれど(笑。いや、実際はそうじゃないみたいよ、これも)結局、私たちって、その後も、仮に生まれ変わった時に、それら以前の人間経験のスキルを、次の人生にも持ち込むじゃないですか。
それといっしょですよ。

生まれなおしてきた人生では、そんな過去生スキルなど(笑)なかなか思い出しやしませんが、今生スキルは、それよりもっと有効ですよ。メインは過去ではなく、今ですので。
過去生にこだわる(笑)過去生で何してた、とかに興味がいくのなら、今生で何してた、何ができる、のほうに、興味を向けるといいです。
たいてい、過去生においては「また同じことしよう」的なことよりも、「乗り越え課題」のほうを知ってがっかり(笑)みたいなことにもなりかねませんから(もしくは今生それができない言い訳)きっと過去生でもそうだったんだろうな、っていうのは、「自分でほんのり気づく」程度でいいんじゃないかなと思います。


そうそう、そういった独立自営、ちょっと考えたら? っていうパターンがあるとしたら。

現職と、自分のやってみたいことのメリットを、天秤にかけて、有利なほうを選ぶ…そういう考え方で迷っている人は、いったんやめておいたほうがいいです。

天秤にかければ現職のほうが有利に決まっています(笑)。
まだ何もしていない未知の世界と、比べて迷う程度のそこそこの現実を維持できる現在の現実世界とを比べて、「確かさ」「確証」を得てから進みたい…みたいなことを言っている人は、やめておいたほうが無難です。
というか、現実的メリットの時点で悩むレベルであれば、自分から思い切って動いてみたつもりでも、「ただ仕事をやめてみただけ」で、今度は、そのやりたいはずの仕事においての環境変化が、不安やストレスになるだけかもしれませんから。
そういう人は、段階的に進むやりかた、世に言われる「副業」で着手していくのがいいと思います。

私自身、今の仕事を、鼻息荒く「これがおまえの天職だ」と高次のお告げがあって始めたとか(笑)そういうわけではなく、昔、夢いっぱいで独立!!…のつもりで(笑)音楽ギョーカイに飛び込んで成り立たなかった黒歴史がありますんで(笑)「やりたいことをやって生きるスピリチュアル」みたいなものには、とても慎重でしたよ。
これ一本になったのも、派遣切りで本業を失ったから、というのが理由でしたからね。
(高次というのは、そういう「非常にわかりやすいハシゴのはずしかた」をするものなのです。でもそれは、本人が気づかなければ、ただの「絶体絶命のピンチ」にしか見えない場合もあります。「身体ぶっ壊してるのに働かなきゃいけない人生って何だろう?」と悩まなくても、それは身体を壊さなくてもその人にできることがあることに気づけ、というガイダンスなのでして)

「もう自分でやるしかないんじゃないの」レベルに、一見、マイナスの状況に追い詰められているような人は、そこで発想の転換をして、どこか企業に雇われてお金をいただくだけが生きていくための方法というわけではない、ということに覚醒められるチャンスのステージにいるよ、ということを、また久々にお伝えしたいな、と思いました。


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妙齢独女より強力アドバイス

2018年01月12日 (金) 14 : 40


これはどういう方に向けかな~? っていうと。
そうですね、話の事例としては、「社会に出て一度も仕事したことない専業主婦さん」ですとか。
「社会に出てちょっと働いたことはあるけれど今はニートさん」ですとか。
なんとなく、一般社会の動きからは違う惑星上に長年生息しているような方向けでしょうか。


昨年、年末のご挨拶~、って石屋の営業の美香さんから(注:叶美香さんクリソツなんで美香さんと呼んでいる)電話があった時に出てきた話題で。
彼女のご友人さんだそうですが、ガッコ卒業して社会に出ずにそのままヨメにいったパターン、つまり生粋の専業主婦歴30年だかそんな感じのご友人さんがいらっしゃるそうなんですが、独女で仕事し続け自分ひとり生計を立てる美香さんのことを、羨ましがるそうなんです。

ここまでならまぁ、ありそうといえばありそうな話。
「隣の芝は青く見える」の世界ですよ。
で、自分にもできるかな~~~とか言うそうなんですが、美香さんから見れば「無謀きわまりない話」で何十年単位で一度も社会に出て働いたことのない人間がなに言ってるんだと「やめれ~あほか~」みたいにかわしてきたそうなんですが。

そのお友だちは専業主婦ながらに、ご自身のシュミの世界ではわりと積極的で、「へ~そんなことしてるんだ~凄いね」な金のかかるシュミを持ち、普段のお召し物なんかもいわば上質で、カンタンに言うとダンナ様が稼いだお金で贅沢な暮らしを実現しつつ、自分のしたいことはそれなりにやらせてもらえている、という、はたから見れば、とっても羨ましいレベルのポジションを実現しているわけです。

もうそれでじゅうぶんじゃん。と、そういう風に苦労知らずにやってきたいわば「世間を知らないあまちゃん」に見えるわけで、美香さんにしてみればまぁ、心の何処かで、「そんな人間にさくっと自立なんかできるわけがないだろうが」と考えていたそうなんです。
そこで私の見解ですが。
「いや、けっこうそのお友だち、イケるかもよ」です(笑)。

だからといって本人が自立するしないは別として。ただ、このお友だちなら、やろうと思えばさくっとできるように感じました。
なぜなら、ガッコ出てすぐ結婚して専業主婦になった人々全員が、ダンナ様が高収入を維持することで実現するそのハイレベルな生活スペックや、その方のやっている金のかかる趣味レベルのことを実現できるとは限らないからです。
そういう生活を、ごく自然に「通常感覚」として当たり前感覚でずっと何十年経験してきている、その「経験」こそが実はスキル、そのお友だちの実力でもありまして(ハイスペックな旦那様であることその結婚生活を維持できてきていることじたいが^^ある意味スキルでその人の実力です)。

だから、社会に出て何十年仕事して自立し生計を自分で立ててきた独女がやってきた積み重ねと「同じこと」はできないかもしれませんし、そもそも「それをする必要がない」ことを自覚し、まったく違う独自分野でなら、頭角を顕せる可能性はじゅうぶんにあります。

むしろ「仕事をすること、お金稼ぐのは苦労」なんて「知らない」というのは強みなのです^^。
とても、とても、大きな強みです。
なぜなら、仕事をすること、お金を稼ぐことは、実は、苦労というわけではないからです。

そして、金銭を度外視した「自分のやりたいこと」「喜び」を知っている、もうこれは実は無敵です。


こういう点で、親が経済力あって日々の暮らしにぜんぜん困っていない、わりと自由に自分の好きなものが買えたり、趣味の世界が拡大する生き方になっている、ニートさんなんかにも、とうぜんですが可能性はじゅうぶんにあります。

ただしこの場合も、すでに社会に出て、「意識高い系」だとかで(笑)そういうところで競われる価値観(いい会社に入り年収が高いとか、いいタワマンをローンで買って住んで、なのに駅の改札口から混んでる電車に乗って会社に通勤してるストレスとかそれさえもステイタスに感じられる感性)ずぶずぶの人々と「同じことをできる」ことが成功だ、という狭い価値観に囚われると、とたんに自己価値が下がって見えたり、劣等感の創出となりますので、あくまでも、「そのあなたの好きなことできることを活かす」という道がやはり王道だと思います。


「仕事をしてお金を稼ぐことは苦労」という価値観は、実は、長年お勤め経験してきたり、自立して生きている感じのそういう人々ほど、しっかり根強く潜在意識に染み込んでいる意識なので、こういった、自分が働かなくても生きていけるポジションの人々というのは、そういう価値観を周囲から、日常的に吹き込まれている可能性がありますので(だから感謝しろ、とか、それをやったことがないおまえには無理とか)ある意味、「出ようとする杭を打たれている」経験を、並行して、積み重ねてきていらっしゃるとも思います。
ここらへんの囚われ払拭度合い次第かな、という気がしますね。
たとえば「自信がない」の理由が、こういう社会経験ある人々の言う「仕事はタイヘン、苦労」系のゴタクであるなら、それと同じことをしなければ良いわけなので、あなた様の「自信がある、ない」と、こういう一般論とは、切り離して考えられるはずなのです。


この考え方は、とくに「仕事したことない人お金稼いだことない人」向けだけの話ではなくて、多くの、潜在意識にどっぷりこの手のことへの「要苦労観念」が詰め込まれて身動きできなくなっている方全般に言えることではありますが、そういう実際の自身の体験や、身近な人をとおして実感してきている人々の持つ仕事やお金への囚われというのは、もっと深刻ですから。

それよりも、そこ以外のポジションのあなた様は実に優遇されたポジションとも言えるのよ、ということをお伝えする独女アドバイスでした。

美香さんにもこの見解を話したら、なんか超目覚めた、目からウロコ、って言ってましたよ^^。スピリチュアルストーンを扱う卸店の営業なんだからさぁ^^そんな一般人みたいな気の小さいこと言わないでよ~頼むよ、とも思ったけれど、むしろ、お友だちが苦労しないように、っていう現実を教えてあげてる、という気遣いでもあるんですよね、こういうのって。

きっとみなさんも、良かれという意識で「お父さんが仕事で苦労して働いてくれたお金だから感謝しなさい」とかそういう台詞をお子さんなんかに刷り込んで(笑)いらっしゃるかもしれませんが、「仕事=苦労」意識をお子さんに刷り込むこの台詞は即日おやめになったほうが、将来のお子さんのためです。「言わない」だけでいいことなので。やってみてね。近いものとしては「苦労して育ててくれてる感謝強要」なんかも近い所あるかなぁ。感謝しなさい、って言われると感謝したくなくなる、感謝ベタになっていくのが子供ですからね^^。

「やればできる」の無理くりポジティブ思考でなくても、ネガティブではない状態、そこからポジティブって生まれてくる、「ポジティブになる」というより自然発生してくるJoy感覚のようなもの。
仕事もそうできるはずで、やっていることが「仕事じゃないこと」って観方を一般社会からされちゃうタイプのポジション生息の方々は、単に、そういう「苦労するのが仕事」っていう路線から外れているだけの話で、実際は、ある種の無償奉仕さえ(笑)していきている存在とも言えます。
石は、その人の持つ「潜在能力」をあと押ししてくれる味方だったりするわけですが、その能力そのものが有償無償は関係ないところありまして、いわゆる純粋意識というか、そういう現世欲がない人のほうが結果が出やすいところがあるのは「苦労ブロック」があんまりないからかなと思いますね。
しかしその石を売っている人々でさえも、けっこう無意識レベルで気づいていないこういうことだってあるわけですから。
それと意識高い系ステイタス押し(笑)な夢の実現を^^石で叶えようぜ、みたいな石屋もあるから(笑)。
まぁ、どこに繋がるかは好みですけれどね。


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