再販です -「祓い」ブレスレット

2018年12月19日 (水) 01 : 47




今年もあと2週間を切りましたね!!

やっぱり12月は早いな~と思っているところですが、こちらは今年10月にお出し
しておりました、「祓い」ブレス。

同等商品のご注文をいただいて今月に入ってからお作りしていたのですが、その
時にいっしょに、パワーストーン・ワークスのお店用に、もうひとつ、お作りしました。

「祓い」ブレスレット - パワーストーン・ワークスのお店
http://shop.powerstone-works.com/?pid=138318736



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ということで、人間関係が大事に繋がるのね…

2018年12月17日 (月) 21 : 39
昨日の記事を読まれた方がどう思われるか、というのもありますが、
まぁ、現実世界は(外部環境は)そんなふうに進行しているところ。

私自身は、いい意味で捉えれば、さまざまなことに対して「いたしかたない」という諦めのいいタイプ(笑)に成長してきてしまっている(いいのか悪いのかはともかくなんですが)ところもあって、現実世界における状態のよろしくない時に、そこに見いだせる数少ない美点、利点を発見しようとするスピリチュアル特技(笑)を、長きに渡って、それこそ「石に手伝ってもらって」その部分を身に着けてきてしまった…というようなところもあるので、まぁ、嫌は嫌だけどしょうがないかな、っていうふうにも思っているわけですが。

問題は…ふふふ、もう一名ですよ(笑)。

「自分の言っていたとおりにしていれば、間違いなかったのに」

という、そうなんですよ、こちらはもう「ぐうのねも出やしない」その主張に対して、返す言葉もないわけです^^。

「自分の言っていたとおりにしていれば、こうならなかった」という相手の行動しだい、相手が行動しなければ実現しない世界を経験する側の人の胸中というのは、そういうふうに人を動かせなかったことの悔しさとか、相手を非難する気持ちとか、色々生み出しますので。あんまりいいものじゃありません。

(だから世のおとうさんたちっていうのは、そういうリアクション受けるのが嫌なので(笑)「妻のいいなり」な男性がおおいんじゃないでしょうか^^。「はいはい、あなたの言ったとおりにしておきましたよ」と、そこで発生する相手の感情の責任を相手になげられますからね。ただこれも、やりすぎちゃうと、相手次第の世界ばかりを受け入れる、自分の選択を諦めていることで生じる自分の感情に責任を持つことには変わりませんので、「自分にとってどうでもいいこと」で譲りまくれば後悔ないんじゃないでしょうかね。私はなるべくそうしているつもりです。で、けっこう私には「どうでもいいこと」がそれなりに多いので^^、まぁ、なんとかなってるところもありますけれど…)

だから、そこは素直に謝りました^^。
私が間違っていました、ということで。
(この人は、昔からそうなんですが、こと、不動産系に関しては、不思議とどっかの部分で「勘がいい」ところがあって、実は住むところに関しては、常にこの人の「勘」で決めてきたところがありまして。以前にも、他で契約する予定を直前でやめて、彼が探し出したのが実はここの地だったりしますし。もともと敏感な人なので、いわば「目に見えないところの場の感じの良さ」に対しては、鼻が効くところがあるわけです。実績があるので私もその部分は信頼しています^^)

あとはどのくらい工事の音がうるさいのか、前をふさぐ来年から建設予定の建物の工事日程などをちゃんと確認し、その対応をどうするか…などなど、そこを業者にちゃんと聞いておけ、と言われているので(笑)そのようにしようと思います。
(BOSEの安眠イヤフォンというスグレモノをたまたま発見したので(笑)これは安眠用なんだけど、日中してもけっこういいんじゃない? 買ってあげるよ、とお薦めしているところです^^。私も自分用を買おうかな。問題はうちのワンちゃんです…あの建設現場の「キーン」みたいなドリル系の工事音が大の苦手なんですよ…これは仮に7階に住んでいたとしてもやはり同じことなので、どう対策しようかと思っているところです…)



その昔、猫の額のとなりの角地を買わなかった父は(笑)おそらく、言葉にはひとことも出しませんでしたが(自分の愚かさを認めることになるからね)自分がアホだった、と言葉に出して認めることが嫌だったのでしょう。

そしてきっと「だから不動産屋さんが薦めてくれていた”角地もいっしょに買ったほうがいい”のアドバイスを聞くべきだったのよ」ということをあとからすごすご認めても、もう遅いし、それを認めれば、家族一同に責められるんじゃないかと思っていたかどうかは知りませんが、まぁ、たぶん色々内心後悔もしていたのかもしれません。

家族一同は別に、”言っても聞かない人”ってことをわかっているので、そういうことを直接父を責めるとかはしていなかったですよ。別の見方をすると…”父に対して、言いたいことが言えない、言っても自分の希望が通らない”という、とてもいびつな構造をしていた家族形態であったのです。

まぁ、考えてみると凄いといえば凄いのですが、家売却したお金の使いみちを、すべて自分一人で好きなよ~に采配し、好きなよ~に家を建て、好きなよ~にバブル株を買い…欲しかったお金の方は株価暴落ですってんてんとなり大損しながら家族のことは二の次三の次で生きて、最後は、そんな「一銭も老後資金を妻に残さなかった」のに、その妻に「お父さんありがとう」と神言葉を言ってもらいながら死んでいった(笑)そりゃ「自分は幸福だった、満足だ」と最後に言えただろうし(実際、言ってたみたいだし)幸福な人生だよな~、誰にも文句を言われず、誤ちの類を正すサジェスチョンもされず、でも内心、「家族みんな心のどっかで我慢することを覚えさせちゃった」という(笑)…まぁ、今でしたらですね、”トンデモ系”とも言える、まさに”昭和の家族スタイル”をつくりあげていた世界がそこにあったと思います…。



さて、今の私は、そういった感じの「我慢スタイル」から、概ね脱却はできているものの…
ともすると、父的な、唯我独尊スタイルに陥りかねない、そういうところもあるのかなと思っています。

自分の好きなよ~に生きようとする人がハマりやすい落とし穴でもあります。

その、「自分の好きなよ~」が、ハートの声と同調していれば、それが「自分に関わる人をないがしろにすること」であるわけがありませんので(笑)ほんっとうに心の声に素直であるならば、まぁ、「いさかい」的なことは、苦境でも起こってきません。

わたしはこれも、経験しています。
実際、私がこの仕事を始めた頃…二足わらじの頃…その後もしばらく…
正直、うちは昔よりもビンボだったかと(笑)思います^^。
でもいさかいって、お金のこととかでもそうだし…ほとんどありませんでしたし。
(人間というのは、多少、金銭の自由度が上がってきた時に、それらを起こしやすくもなってくるところもあるようにも思いますね。ビンボだとさ、ない袖は触れないわけだから^^協力するしかないわけじゃない?)

それと同様に、自分の非を認めない認めたくないというのもあるし、自分の価値観にそぐわない部分で、相手を内心非難している…という「いさかい状態」も、たくさん経験してきました。
(これはたいてい、私が心弱くなっている時、将来の不安を自分でどうすることもできなかった時期…つまり「石に出会う以前」の頃は、それが頻繁にあったと思います。。。石の仕事をするようになってから、私の中の「依存心」「被害者意識」といったような、それら不安や恐れによる責任転嫁を引き起こす要素が消えていったので、人のせいにする、人を頼る、依頼心がなくなり、それといっしょに恐れ、不安の類が消えていったのです。私が「心から自分のやりたいことをしようね」とよくお伝えするのは、人間は、「やらされていることをする」のと「自分が自発的にやろうとやりたいことをする」のとでは雲泥の違いがある、こういう部分もあります…)



どっちが居心地がいいか? といえば、当たり前ですが(笑)いさかいのないほうです^^。

で、私の場合は、この「いさかい」がひっじょうに苦手でもあります。
そして、実は私の場合はですが、幼少期から関わってきたそういう人々とのあいだで、「我慢をしてきた部分」があったとしたら、自分のやりたいことができなかったとかそんなことというよりも(これをそうやって”人のせい”にしているあいだは、どっちみちできないのです)、この、人間同士のエゴから生ずる、人間が自分の主張を通そうとする時に生じるいさかいのエネルギーというのが、どちらかというと、耐える耐えないの話ではなく…嫌で受け付けないものした。
なんで仲良くできないのか。家族を思いやるとかそういう感覚が欠けているのか。

上記の”昭和の家族スタイル”の時も、いさかいは年中あったのです。
誰もがただ我慢を強いられて仮面をかぶっていたというわけではなく…激しい性格の人もいましたので、家族内でのぶつかり度合いも凄い家ではありまして^^、でも、最終的に誰も父を越えられない、きっとそれはどこかで「誰かの庇護とか愛とかを求めてしまう弱さ」もあって、そうなっていたんじゃないかと思います。
(母くらいの世代の女性なんかだとリコンして女手一つで…みたいなこととか考えられなかっただろうし、結婚が永久就職だと思ってた人々だと思うから、そんなことより我慢を選びますよね。まぁ、母の場合はただ我慢していたというよりは始末の悪いことに(笑)「父のことがなんだかんだ言って好きだった」みたいなところがあるようです。びっくりしますが(笑)まぁ、その気持もわからないではありません。父は純粋な面もたくさん持っている人ではありましたし、不思議と家の外ではわりとほうぼうで人に愛されている(笑)感じの人でしたからね。今は熟年離婚というのも多いそうですが(笑)まぁこれも無理して離婚しなくてもね、いずれどっちか先に死ぬわけだし^^…とはいえ、きっと介護とかさ^^愛もないのにしなきゃいけなくなる可能性はそれで避けられるから、その選択したい女性も多いんでしょうね。私が知ってた熟年マダムも離婚したくてしょうがなくて自力で別居に踏み切ってたもんなぁ…もうその年からいいじゃん、と他人には言えるけど、本人は「あの人との関わりをこの世に残して死にたくない」というレベルだからね^^…むしろ、そんなこと言ってると「来世、また関わることになる」わけなんですが^^、まぁ、そのくらいに、人間同士の関わりは…さらっとはしていない面があるのね)

私が、独立して、なんといっても「自由度」をまず感じたのは、いさかいがないこと、の凄さというのでしょうか(笑)。
今は「ないほうだな」と感じます。
上記にありますように、あった時もあります。
石に出会わなければ、今でもあったと思います。
同じ人とけっこう長きに渡りいっしょにいますが、その長くいる過程の中でも、変容し続けているところです。

まぁ、自分はここを大事にしなくてはな、という意識をもう少し持ってもいいのかもしれませんし(笑)相手を尊重しているつもりなんだけど、尊重がし足りないところもあるように思います。
そういう、自分が生まれ育ち経験してきた「家族間」でそのやりかたをあまり身につけてきていない(反面教師として学んできてはいるけど)ことを、自分でしなければいけない…(だから、「親」って大事なんですよ…親の生き方、あり方、それが子供のスキルとして自然に身につきます。ほんとにそう思いますので、「親」となっておられる方はその経験を「今」大事にね)

今現在、日本人の、独身、単身者割合ってものすごく増えているけれど…。
私達が思っている以上に、結婚などの本質を、見抜いている人が多いので(笑)そうなってるところもあるのかな、とは思いますね^^。だまされないぞ、と(笑)。
(まぁ、そのくらい、”パーフェクトな幸せを絵に描いたような愛に満ち溢れたファミリー”の幻想っぷりを、肌で感じちゃう経験をしてきている人の割合もそこそこ多いのだろう…それを本人が自覚しているかしていないかはわかりませんが、無自覚に、独りを選ぶ人が増えている背景にはそういうのもあるかなとは思いますね…ひとりを選んでいるつもりはなくて、パートナーを探している、っていう人でも、なんかそういう潜在的なブロックあるんじゃないのかな、って気がします…でも、人生をそういうふうに諦める必要はないですよ。反面教師を知っているからこそ、同じ間違いをしない、という選択も人間には可能だから、そこに生まれてそういう経験してきている、っていう人も多いのよ)



人生って、そんなに長くないですよ。

今20代くらいの方にとっては、すごく長そうに見えているかもしれませんけど。

けっこう、あっというまです。

けっこうあっというまなのに…

じゅうぶんに、関わる人も、自分も、良い感じでその人生を進め充実させることができているのかというと、意外とはかないもの(笑)というか、「浅いところを行ったり来たり」してしまう期間なんかも長くなっていたりもします。

それもやっぱり人それぞれなので。

”世間一般の幸福像”とかは、関係ありません。

「自分の課題」をまず見極めていく(それがガイドの声、ガイド指南だったりします)その上での人間関係の良さに能動的にみずから関わっていくことが、きっと良いのだろうということですね。

おいら、ワークショップ受ける必要あるのかしら?(笑)ここまで自分でわかってて。

(…というのが人間の「驕り」というやつなんですよね。「私はもうわかってる」…そこを、今一歩、あと少し、良くすること。それだけでも人生、快挙なのよ。それを助けてくれるのが、石にしかり、この世ではやっぱり第三者である「他の人」だったりもするのよ^^)


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ハートの声を無視した事例

2018年12月16日 (日) 23 : 22
ハートの声を無視したらどうなるの? っていう典型例みたいな(笑)私の近々の素敵な経験事例(三次元的には言い逃れのできない大失敗事例です)をお届けします。

ふだん…

みなさんに、ハートの声で生きましょう♪ と言っているわりに…
私もやらかすのです(笑)。

薄々…実はちょっぴりわかってもいたことで。
でもほんとにこうなるんだという…「いやん」な実例。

書くと長くなるので(笑)以下はまるの日さんにお願いしている2019年来年のトータルセルフリーディングを昨日申込みしたばかりなんですけれど、その時に、「トータルセルフに質問」という感じで、これが知りたいな、みたいなことをお送りした文章です。
それをそのまま転載します。




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2019年トータルセルフリーディング質問


お世話になっております。
神崎詞音と申します。
来年もよろしくお願い申し上げます。
こちらのお振込みは、来年2月のワークショップのほうとの合算でお振込みさせていただきますので、よろしくお願い申し上げます。
トータルセルフリーディングですが、とくに急ぎませんので、2019年一年間ということでなくても、来年3月あたりでもぜんぜん構いません。
平成が終わりますしね。
もしかするとそこにかけての注文もたてこんでしまっているかもしれませんが(笑)そのあたりはまるの日さんのご都合に合わせていただいてまったく構いません。なので早くなってしまっても一向に構いません。

来年ですが。
とくに何も計画している特別なことがあったりするわけではないのですが、昨年、同一マンション内での引越をして、おかげさまで無事、仕事も順調に運び良く進んでおります。ありがとうございます。
南向きってそんなにいいんですかね? と言っていた私でしたが(笑)、すっかりそんな南向き生活にも慣れました。

ところが。そんな快適といえば快適な環境が来年激変することになりました。
隣の土地と道路をはさんだ斜め向かいの土地に、マンションが建設されることになりまして。
目の前はちょうど私の住んでいる5階建、そして道路はさんだ斜め向かいは7階建てとなる予定です。
日が射さなくなるまではいかないのですが、完全に窓の向こうの景観は塞がれることになるので、今は明治神宮のグリーンビューなのですが、それがほとんど見えなくなるという(笑)悲しい事態になるかな、と思われます。

空も今見えてる半分になるんだ~この”抜け感”がなくなるんだ~、という、ちょっと物悲しさがございます(笑)。部屋の中からは見えなくなると思います。
タワマン上階に住みたい人の気分がわかりますね(笑)。東京ではありがちなこととはいえ、2物件同時期に至近で建設工事が来年始まると、音もうるさいですし、うちのワンちゃんは工事音などをとてもストレスに感じるタイプの仔ではありますので、大丈夫かな、とも。

引越して一年半を越えて、こんな感じのことが勃発しているのですが、実はちょうどこれと似た経験を、過去30年ちかく前に、新築の実家でしたことがあったことを思い出しました。
実家が新築の家を建てて、私の部屋は当初はさんさんと陽光が入る見晴らし良い南向きだったのですが、結局、一年と少しで、真隣の猫の額のような土地に(笑)一軒家が建ってしまい、窓が完全に隣の家の壁に塞がれるという事態になりました。
あのレベルの残念さに比べると、今回のはまだかなりマシ(本当に目の前でしたら嫌ですが、一応こちらのマンションのあいた敷地があいだにあるので、至近距離隣接にはならないですので)ではあるのですが、それでも、目の前を遮られるという点では、ちょっと近いかな~…という経験です。

実家のほうはまぁ、「自分の家じゃないしな」という感じで、致し方ないな、と思いましたし、今回もまぁ、終の棲家感覚で引越したつもりではなく(そもそもが賃貸ですし)以前もお伝えしていましたが、「とりあえずのワンクッション」という感覚で、引越というよりはマンション内での部屋移動でした。
ただ、実家の時にもそうだったんですが、「早くここを出ていきたい感」が(笑)やはり窓の外の目の前を塞がれてから^^募っていき、実際に私は別の理由でですが、ほどなくして、実家を出ることになりました(今いっしょにいる人と出会ったからですけれど)。
日当たりがなくなったことが嫌だったわけではないのですが(もともとそれほどこだわりませんので)、なんとなくの圧迫感が、やはり居心地の悪さに繋がっている自覚は大昔の話ですが、当時ありましたね。。。
(とはいえ、今回の場合は、以前住んでいたところに比べれば^^それでもぜんぜんノープロブレムなはずなのですが。前は窓の外などなかったような(笑)ものでしたし。人間というのはおそらく一度上げたクォリティをなかなか落とすことができない生き物なのだろうということでしょうか。よく、生活の質は落とせないので、お金持ちが転落すると悲惨…とも言われますが、お金持ちではなくても^^庶民レベルでもやはりそうですね)

今回も、なんとな~く、「出ていきたい感」が、その頃と似たような理由で自分に出てきそうな気もしなくもないのですが。
質問があるとしたら、こういう似たような経験って、やっぱり何か必然性があってそうなってるところもあるのかな? きっと示唆されていることがあるんだろうな、と感じなくもないです。
自分でも多少わかってはいることですが。

昔経験した隣家の壁が目の前状態の時は、どんな気持ちだったかな…というのを思い出し、あの時は、その隣の猫の額のような狭い角地を買わなかった父がいまして(当時はバブルで土地の値段が非常に高かった時期でしたので、父は家を売却した現金を少し残したかったから(笑)猫の額のほうまで含めて土地を買わなかったようです。不動産屋さんにはそれを薦められたものの、まさかこんな狭いところに家立てる人間はいないだろうとたかを括っていたのではないかと^^思われます。でも実際にそんな「小屋しか建てられなそうな狭い土地」に三階建ての細長い家を^^建ぺい率などまる無視で(笑)敷地めいっぱいに建てられちゃったわけです…当時はそんな家レベルでも一億とかで^^ほんとバブルって気が狂ってる世界でした)。

父のそのケチっぷりで^^私の部屋だけではなく実家全体が思いっきり日陰になっとるじゃないかと^^アホかと思いましたけど、まぁでも、人のことなので(親の家ですから、他人事です、私にとっては)。何か口出ししてもな~んにも人の言うこと聞くようなタイプの父親ではありませんでしたから、色んな意味で、言うだけ無駄ながらに、まぁ、おばかさんだな、とは当時感じていました(今はもう父はあの世の人なので^^その程度のことに関してのとくに恨みつらみは彼に対してはございませんし、相変わらず実家への思い入れも薄いままですけれど…父がそんなふうにして現金として残したかったらしいお金も結局、株式投資してバブルはじけてすっかり綺麗になくなっていましたし^^亡くなる時には財産は家土地のみで一切金銭残らず…なんかこう…見事な感じがしていたものです…もともとバブルに乗じてラッキーにもたまたま建てられることになった家でしたからね…今は老母と姉が二人住んでますが)

実際ここへ引っ越す際に、たまたまなのですが、引越した直後に上階の7階の同条件の部屋が空いていて募集していたことを知り、うちの人間は、「そっちへ行こう(引越したばかりのここをやめて、再度、7階と契約し直す)」を切望したのですが、私もそりゃそっちのほうが良かったかな…という気持ちもありながら、諸々の金銭的物理的事情から(そうなるとまた礼金敷金一切が必要になり、引越費用も必要になり、買ったばかりのエアコン二基は無駄になり…引越しにかかった100万くらいの損失というか無駄が出るのもありましたし、面倒くさかったというのもありましたし(7階はリノベーションされている部屋でしたのでエアコンはついている部屋でした…部屋自体のつくりも^^なのでずっと綺麗…確かに魅力ではありました)家賃の差じたいはふたつ上階になっても2万円程度アップだったのですが、当時の自分にとっては、ただでさえ、5階に引越した時点で当時としてはそれ以前の家賃2倍の感覚でしたので、それ以上になるのか…、とその2万円程度のアップが重く感じられていて、及び腰でした。

でも、時間が経過した結果としては、当時、ハラを決めて、お金も無駄になるし払うお金も増えるし、という部分以上に、そりゃ7階のほうがずっといいよね、という本心へ正直に行動していれば、その後の上階騒音問題もなかったし(笑)いま出てきている問題も、問題ではなく「7階で良かったね、眺望ぎりぎりセーフ」だったわけですから。

私自身も、次ここを移動する時には、そういったへんなところでのケチっぷりを発揮することのないようにしようとは思っています。父の血を引いてるので(笑)こういったことにも顕れていて、まったくそういった「ケ」がないとは言い切れませんので。
気分的には来年賃貸契約更新せずにとっとと探したいところではありますが(笑)そういう、ここが嫌~っみたいな感じで出ていくことになる(それを促される)流れというのか(笑)私にはパターンとしてあるのでしょうか。
自分的には、2020年の東京オリンピックの時まではとりあえずここ、という風に考えていなくもなかったのですが。
いずれにしても、ここらへんの近隣も、現在どこもわりと建設ラッシュなので、今いる代々木界隈で探せば、また同様な状態に遭遇する可能性もないわけでもないですし。

ただ、自分のなんちゃってガイドコンタクトをずっと以前に、まだ引越したばかりの頃かしら、した時には、「東京オリンピックまでここですかね?」に「それはどうかな」風味の(笑)感触があったことは憶えているので^^、まさかの東京オリンピック前の場所移動を促されているんだろうか…と思わなくもないところではあります。。。

東京以外、ということは特に考えていませんが(田舎だと車の免許を持っていないという大問題もございまして…いまさら免許…まず無理そう^^)将来的には、独居老人の賃貸契約がだんだん不利に(笑)なっていく世界を体験しなくてはいけないことが想定されるため(貸す方は単身年寄りに部屋貸して事故物件にしたくないから、現状の世界では、60越えるととたんに賃貸の幅が狭くなるそうです。今日明日の話ではありませんが、そんなに時間は残されてはいません^^。あ、これは連れ合いが確実に私より先に死ぬだろうと考えての、私は将来独居老人説でもありますけど)好む好まないにかかわらず、自分はいずれ、まさに安心して「死ぬために」家をなにかしら買わなくてはならないのか…というふうには、気持ちは切り替わってきているところです(笑)。
でも年齢的にも職業的にも確実にローン組めませんので、自分でなんとか自力キャッシュを用意しなくてはなりません(笑)。土地の安い田舎ならなんとかなりそうですが、そうすると選択肢としては東京はまず無理だなとなってくるのですが。あ、これは現段階では自分ひとりで考えていることなので、実際には同居人の意見を無視して私の一存で進められることでもありません。

とりあえず今は具体的にそんなところまで考えているわけではありませんが、この、目の前塞がれる意味を^^知りたいです。
ということで、シンプルに、この「似たような経験」の意味は何でしょうか? とだけの説明にこんなに長くなってしまい、長文ですみません。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


(今年で見納めビュー(笑))

文章だけで伝わるかしら~~~な話なんですが。

そうなんですよ。
ここへきて、いきなりの近隣建設ラッシュ(笑)。
たぶんですが、どちらももともとそこそこ敷地のある一軒家で一部コインパーキングなどにもされていましたので、おそらく先住者がお亡くなりになられて相続の段階になり、相続税対策もありご子息が”マンション建てよう”という土地利用を(笑)思い切ったのだと思われます。都心あるあるです。
そしてそれは実に正しい選択でもあります(立地条件が非常によろしい場所ですので)。
なので、そこに文句いう気はありません。

まぁ、引越した当時を思うと…
しょうがなかった面はあるかな、と自分をかばう(笑)わけじゃありませんが…

これから今まで払ったことのない家賃になるのね、に加えて、すぐにさらに「上を求める」勇気がありませんでした。

マインド意見であることはわかっていても(笑)、「そりゃずっとそっちのほうがいいだろうな」と想像はつく話でも。

私にとっては、「そこまで贅沢を求めていいのかな」というのもありましたし。
(何しろ、まず”前よりも広くなった”というだけで…自分の部屋ができたというそれだけでじゅうぶんな満足感でもありましたし…何ていうんだろう…ちょっとですね、生活の質に対して望むレベルが^^私の場合、つつましいところがあるにはあるのでして)

たった一ヶ月程度住んで、敷金礼金不動産会社への手数料引越し費用買ったもの(大きいところではエアコン二基で40万円…いやもっとしたかな…50万弱くらいでしたかね)それらすべてを無駄にして^^、上階を望む…また同様の敷金礼金不動産会社への手数料、引越費用を支払って、さらに「払えるのかなぁ…」と私にとっては冒険だった家賃アップから、そこにさらに月2万円アップは(笑)…まぁ、ごく常識的マインドでしたら、選択肢として考えもしないでしょう。

ただまぁ、「やろうと思えばその選択も可能だった」ということは(笑)他ならぬ私自身がいちばんよくわかっております。
そして、今現在の話ですが。
「結果として、その無茶だろうと思っていたことを当時にやったとしても、まったく金銭面ということでならノープロブレム、まったく心配無用であった」…ということが、今ならわかっております(爆笑)。

「この未来を先に知っていたら」って思わないでもないですが…

でもなんとな~くですが。ちょっとだけ、予感していたことでも(笑)ありましたね^^。
文中にもありますが^^自分のなんちゃって高次ガイドコンタクト時に、「どうかな」的(笑)返答の感触を得ていたので。
「こういうことか~」の感もあったりはします。

私が当時惜しんだものは、私としては思い切った、住居の拡大のために支払った金銭100万単位を無駄にし、さらに追加でまた70万円くらいかかってしまう…そしてさらに毎月支払う家賃の金額が増える…という、それをやれば二倍に出ていく金銭と、やっと一段落したのにまた引越するのかという面倒くささ、などなどの労力だったわけですが。
いまだから言えることですけれど、「その程度を惜しんだばっかりに」の(笑)世界を経験することに^^なりました。

でもこういうのって、だいたいがですね…「今ならそうしたのにな」になるんです。

ハートの声的なサジェスチョンというのは、「その時は無理な感じがしていたり」っていうのが多いですよ。
その、案がある時には…ちょっと、敷居が高かったり、「そんなこと自分にできるのかな」と、実際はやろうと思えばできはするレベルなのですが、どこかにエネルギー惜しみ感覚とか、当たり前にそのほうがいいとわかっていても無理したくない無難を選ぼうとする避けたい感覚、そういうのがあったりはします。

みなさまも、ほんと、気をつけてね。

私も、いずれ自分で家買う時は、ほんと、このてのケチ感、エネルギーを惜しむ、もったいない、とっておきたい感覚(だいたいはこれらはエゴです^^)の意見を通さないように、肝に銘じときます(笑)。

あとから、あの時はこうだった、と言い訳をしても、現実は変わりませんので。

だからね、いいのは、「常に言い訳が出てこない選択をしながら生きてくこと」これが(笑)最強よ。

…ながながと、トータルセルフに質問しなくても(笑)「自分でわかっておろうが」の話でしたね^^。

まぁ、恥を忍んで。

みなさまには「こうならないように」の、見本事例として(笑)お届けしました。




ただまぁ、こうなる利点もあるにはあるんですよ。

南向きで確かに今は明治神宮ビューで空が広くていいんですが。

どっか気が散るな、っていうのも、実はあったんです。

以前は、完全コクピット状態で、独房のような感じのひっじょうに狭い限られたスペースで仕事をしていたのですが。

実はあれはものすごく集中力生まれるんですよ。

いつか記事にもしていましたよね。

だから今度引っ越す時には、窓のない完全独房型の(笑)せっまい仕事部屋を設けよう…と思ってる、って。

来年以降はきっちり窓の外へ意識を向けずに、「こっち側」をセルフ独房計画で、さらに集中して仕事を進めよう…

という(笑)まぁ、…ものは考えようを利用した^^「私ってなんて前向きなんだろう」な解釈もしてはおります。

以前は、

その独房状態の…はたから見れば相当な劣悪な条件下で(笑)、ガイドコンタクトやメディテーションもできていたのが、なんか今はできないな…となっていたところがあったので。

たぶん、またそっちに集中力が出てくるような気がします。



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